信じていたら救われる?
そんな事、ありえない。
since
「少年老い易く」とは良く言ったもので、過ぎ去ってみれば時の経つのは驚くほど速い。
人間とは不思議なもので、子どものときは早く大人になりたいと思っていたのに
大人としての日々の全てのことに責任を問われる今は子どもの頃が懐かしくも羨ましい。
子どもの頃は世間というものが汚く、大人はズルイ生き物だと憤っていた。
新聞やニュースで知る世界は常に悪意に満ちていてメディアでさえも信じられない。
政治家は私利私欲のために選挙中は頭を下げ、勝ったとたんにヒトが変わり悪びれもせず公約を破る。
企業は利益優先で人間性の欠片も無い。
国家は世界の主導権を手中に収めるためのパワーゲームに夢中で、そのためには戦争にも巨額をつぎ込み一個人など蔑ろにされる。
そんな事を学友達と辛らつに批評し揶揄し、自分はそんな大人にはならないと信じていた。
そんなことが言えたのは、それが自分とは遠い世界の出来事だと感じていたからだと大人になって気付く。
守られた世界の中で育った子どもには本当の世界の姿を見ることは出来ないのだ。
約束を破ること、ウソをつくこと、人を騙すこと、人を傷つけること、弱いモノを虐げることは悪いことで
強いモノに媚びへつらう事は蔑まれるべきでやっぱり悪いことだと教わった。
一生懸命に努力すれば夢は必ず叶うと教えられ、叶わなければ努力が足りなかったのだと諭される。
自分一人でやり遂げたと思っていたことが、実は狭い保護された世界の中で大人によって供されたやる気を引き出すための
努力達成のシステムであったことなど知る由もない。
大人になった今、日々の糧を得るために人を欺くようにして物を商い、財を成すために有力者に媚を売り、
商売敵を出し抜くために約束を反故にし、大事なヒト達にも「隠し事はしていない」とウソをつく。
世の中は善人だけでは成り立たず、どんな聖者もメシを喰わねば生きられない。
金が無ければ不味いメシですら喰えないし、金は使えば減っていくから何らかの方法で金を手に入れる必要がある。
メシが喰えるようになれば、寝床を欲し、より良い寝床が欲しければ、より多くの金がいる。
人間の欲望には限りがなく、金は多ければ多いことに越したことはないのだという現実を理解した時、
子どもの頃あれほど嫌っていたはずのズルくて汚い大人になっていた。
「お前みたいなヤツが居るから世の中が良くならねぇんだっ!!」
地下駐車場でナイフをちらつかせ俺に向かって切りかかってきた男は確かそう言った。
「馬鹿の相手をしてるヒマはねぇんだよ。」
男が渾身の力を込めて振りかぶった筈のナイフを俺はあっさりとかわした。
「お前のせいで会社が潰れて父ちゃんも姉ちゃんも死んじまったんだっ!」
「知るかよ。お前の親父に甲斐性なかったからだろ。」
繰り返される男の攻撃を再び冷静にかわし距離を取った所へガードマンが駆けつけて来る。
「遅えんだよ。」呟いた俺の声が聞こえたのか聞こえなかったのか。
ガードマンは3人がかりで男を押さえつけナイフを取り上げた。
「オレの・・・オレ達の気持が分かるもんかっっ!!」
俺を怒りに燃えた瞳で睨み付けた男はまだあどけなさを残した少年?青年?の顔をしていた。
「分かりたくもねぇな。負け犬の気持なんざ。」
冷たく言い放って車に乗り込む俺を男の罵声が追いかけてくる。
エンジンを駆け、僅かにウィンドウを下げてガードマンの一人を呼んだ。
「俺が出て行ったら、放してやれ。」
「警察には?宜しいんですか?」
殺されかけたのに男を放してやれという俺の意図が分からないと怪訝な顔をしている。
「構やしねぇよ。そんなガキの一匹くれぇ。」
「承知しました。」というガードマンの声に見送られながらウィンドウを上げ、緩やかにステアリングを切るとビルの駐車場から車を出した。
夜の帳がオフィス街を包んで昼間の喧騒が嘘のような静寂を漂わせている。
ぽつりぽつりと灯った橙色外灯がどこか遠い異世界への道を示すかのように照らす中、車を自宅へと進める。
現実の日常に夢を抱いていられるほど子どもではない。
自宅はオフィスから車で15分程の距離にある商業施設も兼ね備えた高層インテリジェントビルの中層居住区にある。
毎日会社と部屋を往復し、たまにクダラナイ接待やパーティに顔を出す。
笑いたくないのに笑い、付き合いたくもない相手に頭を下げ当たり障りのない会話を交わす。
刺激の欠片も見つけられない生活をもう8年程続けている。
人はそんな俺を勝ち組と評し、羨望のあるいは誹謗の眼差しで見つめている。
人並み以上の金も地位も名誉も手に入れた。その自負はある。
血の繋がった親兄弟はいない。がその反面厄介な親戚・見ず知らずの遠縁もいない。
皮肉なことだが今の自分の立場を鑑みると、この境遇には感謝していると言えなくもない。
「だから、逃がしてやったんだ。」
ふと口から洩れた言葉に自嘲する。少年の顔は知っている。
手元にあるブリーフケースの中には少年[片桐 信也]とその家族、父である[片桐 健一]と姉[菜穂]の細かい経歴の載ったファイルも入っている。
最後のページには父親と姉の心中と件の「片桐 信也」の所在不明の報告が告げられていた筈だ。
片桐 信也はガードマンに殴られた頬を腫らし倒れそうになりながら歩いていた。
じきに夏が終わる。
本来なら姉が作った夜食を頬張りながら、国公立に向けて受験勉強に励んでいるはずだった。
溜息を吐くとついでに泣くつもりもないのに涙が溢れて流れ出た。
蹴られた足と押さえつけられた時にひねり上げられた腕が痛い。殴られた腹も痛い。胃液が上がって咽も痛い。
涙が流れると体の力も抜けて、歩く気力を奪っていく。
道端のガードレール目掛けて倒れるように座り込むと背中をぶつけた。もう何処が痛いのか自分でも分からない。
下を向くと息が出来ない気がしてそのまま後頭部を後ろのガードレールにくっつけるとドンヨリとした夜空が見えた。
星も見えない都心の夜は晴れているのに雨が降り出しそうな空の色をしていると誰かが言っていた。
親しい人だったはずなのに誰の言葉かも思い出せないほど信也は疲れて果てていた。
3ヵ月前、高校から帰ると父が自宅の階段で首を吊っていた。
二階に上がると首に紐を巻かれた姉が変わり果てた姿で眠るように横たわっていた。
急いで救急車を呼んだが、父親は虫の息でもう助からないと知れた。警察は父健一による心中事件と断定した。
信也は一人残され、事情聴取を受けた。
検分の済んだ家に検死の済んだ父と姉が戻されると事件を知った元父の工場で働いていた人が葬儀の手配をしてくれた。
すぐに高校に中退を申し出たが「家族を亡くした悲劇の優等生」を中退させるのは世間体が良くないと考えた学校からは休学を勧められた。
どのみち父親の借金で復学も望めないだろうと漠然と考えたがどうでもいいことに思えた。
連日報道陣が詰め掛けてはインタビューを求めて昼夜を問わず呼び鈴をならし、倒産による無理心中と新聞や週刊誌は書きたてた。
父の工場が倒産した原因は男の会社が主要な取引先である大手機会メーカーに敵対的買収をかけたが故の煽りだったのだと。
父は突然の取引停止に多額の負債を背負いあちこちから借金をしていたと。
その中には所謂「町金」という高校生の信也でも分かる程ヤバイ業者もいたと。
姉の勤め先まで押しかけて姉も仕事を辞めざる得なかったと。
幸運にも自宅に取立てが来なかったのは、隣に住んでいたのが警察署長だったからだと。
それ等が何処から調べ出したのか信也の知らない事までも勝手に細かく教えてくれた。
父は死の前日に破産申し立てを行っており、財産も自宅も差し押さえられ競売にかけられるが、自分に借金返済の義務がないことでさえも。
時間はいつの間にか過ぎていった。自分を残して先へと世間は動いていく。
最後の生き残りと追い回されることもなくなり、家の前から取材陣が消え、犯罪者でもないのに怯えるように辺りを見回さずとも歩けるようになった。
新聞も週刊誌もこの話題に触れなくなった。
残ったのは携帯の履歴全てを埋め尽くす知らないその他大勢の番号と慰めだかなんだか訳の分からない山程の無記名のメール。
知らない人達からのメモリ一杯の留守電メッセージ。
彼らが何で番号やアドレスを知ったかは分からない。聞いた所で答えはしない。
騒ぎの途中からは煩くなって携帯は音を切って電源に挿したままだ。
使用料が口座から引き落とされなければその内止まってしまうだろうが未だ止まっていない。
小遣いは1ヶ月に一度。菜穂の手で信也の口座に振り込まれた。
携帯を持ってからは止まっては困るからと少し多い目に入れてくれていた。それも当然だと思っていた。
菜穂が「学業を疎かにしてはダメよ」と進学して欲しそうにしてたから、部活には入っていたがバイトはしてない。
受験生で使う暇がないから、小遣いは毎月ちょっとづつ貯まっていた様だが必要な分しか興味が無いから残高は見ていない。
養われている身分なので毎月少なくも多くも無い残高を気にしなくても事足りていたからだ。
親子の関係が良好だったかと聞かれると信也自信良く分からない。
年頃の子と父の会話など今時無くても普通だし、父は仕事優先の人間で週に1度、顔を合わすか合わさないかだった。
そのクセに会話の度に喧嘩腰になってしまうのに全て分かり合っているなど気持悪い以外の何物でもない。
だが、姉とは仲良かったと思う。友人に羨ましさ半分にシスコンとからかわれても別に腹は立たなかった。
肯定も否定もしなかったが、菜穂を慕っていたのは事実だ。
8年も歳が離れた姉は物心着いた頃には既に信也の保護者で味方だった。
何があっても庇って守ってくれる頼もしく優しいお姉ちゃんとして常に存在した。
反抗期に入った少年の良き理解者であり、青年の素晴しい相談相手だった。早くに亡くなった母の代わりであった。
自宅であったはずの建物から退去を言い渡された日、生活用品を取り敢えず鞄に詰めた。
姉の部屋に入ったが何を持ち出せばいいのか分からなかった。
菜穂の部屋に飾ってあった姉弟の写真を見ていると気持がザワついて信じられないほど動揺した自分が居た。
姉が子どもの頃から大事にして宝物箱と呼んでいた箱を引っつかんで、次を急いだ。
良くは分からないが、父の書斎だった部屋で通帳と印鑑を探した。
父のデスクの引き出しの鍵を乱暴にこじ開けると祖父が昔狩りに使ったという形見の大型のナイフがあった。
信也は自分の中で何かがプツリと切れる音を聞いた。
本当に殺してやろうとナイフを持ち出した。
ただ男が憎かった。
男の事はすぐに分かった。聞かなくても誰彼となく教えてくれた。
夏原 啓介 32歳。気鋭の実業家で司法試験にも受かっている誰もが羨む頭脳と容姿らしいということ。
若くして大手企業のトップに立ち、海外を飛び回り、次々と敵対企業を傘下に収め、高級車に乗り、良い家に住んでいるらしいということ。
そして男の会社がそう遠くない所にあることも。今、日本に居るらしいことも。
足が自然に向かっていた。誰かが、何かが、自分を動かして居る様に信也には思えた。
夏原を襲った時、死ねばいいと真剣に思った。渾身の力を込めて突き出したナイフを夏原は簡単にかわした。
菜穂が死んだのは夏原のせいだと本当に信じていた。
夏原を殺せば、この悪夢は終わって、いつもの日常が帰ってくるような気すらしていたのに。現実はそう安易な物ではない。
駆けつけたガードマンに殴られ、蹴られ、押さえつけられながら信也は思った。
「放してやれ。」夏原は不満そうなガードマンに興味なさ気にそう言った。
駐車場を出る時の男の車のブレーキランプが妙に眩しくて目がチカチカした。
本気で殺すつもりだったのに、キズ一つ付けられなかった。「情けをかけられたのだろうか?と」思うとかっとなった。
「違う。相手にもされなかったのだ。」と気付くと急速に頭が冷めて今度はやるせなくなった。
その後、開放されたものの、何処へ向かえばいいのかも信也には分からなかった。
ただ明るい方、明るい方向へと痛む体を引きずるように歩く姿に青年のそれは全く感じられない。
客観的に今の自分をみたら外灯に寄って行く虫か当て所なく彷徨うホームレスだなと自分を嘲ってみた。
夏原は憎い。死んでしまえばいいと思う。生き残ったオレはどうなんの?誰かが殺してくれたらいいのに。
オレはこれからどうしたらいい?もう何も考えたくない。考えられない。
支離滅裂の思考の中で意識レベルが急激に低下していく。
「オレ、疲れてたんだ。」頭の中だけでは追いつかなくなった思考が口から言葉になって洩れた。
(そういや何日寝てねぇんだろ?オレ。)意識が落ちる瞬間そんな事を信也は自分の頭に聞いていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−>next >close
本当に何で思い付いたのか。これはもうどっかから変な電波が・・・なぁ?リトルさんw しかもサスペンス風BLってどんなよ?(今んトコ全然ちが・・・;)
連載予定なんだけどオリジナルについては異常なまでに遅筆なので・・・どうなることやら。