「流れがおかしい!舵が効かないっ!」

ニーダの焦った声。

突如起こった船の揺れに隣に居たエルオーネが緊張して息を呑んだのが分かった。

ホント一瞬先の事は誰にも分からない。

さっきまで快適で上機嫌だった波は突然の荒れ模様。

天候はすこぶる快晴だというのに何てこった。

 

 

 

4. 彷徨う体

 

 

 

左程大きくもない船体が横からの波に煽れて捩れ、悲鳴を上げ始め大きく傾きデッキから船外へと放り出されそうになる。

「ダメだっっ!!!」

「沈むぞ!逃げろっ!」

ウォードの声に反応してニーダが救命ボートへ乗り込み切り離す準備を始める。

先に乗り込んだウォードが後に続くエルオーネと俺に腕を伸ばす。

「乗って!早く!」

「掴まれ!」

口々に急かす二人の声に

「分かってるよ!」

と怒鳴り返す。

エルオーネの後から救命ボートに乗り込もうと踏み出した時、大きく船が揺れ足をとられた彼女を見た。

咄嗟にエルオーネの体をタックルするようにボートへ弾き飛ばす。

荒っぽいが方法は思いつかなかった。

ウォードなら彼女を上手く受け取れるだろうことに期待して。

そして俺は波間に放り出された。

 

「ラグナっ!!」

水に潜る瞬間、ウォードの怒鳴り声が聞こえた気がする。

突如起こった予測不可能な激しい海流はあっと言う間に俺達の乗っていた船を波間に引き込み、粉々に砕いた。

 

ゴボゴボゴボっ。ゴボっ。ガボっ。ゴォっ。

 

耳がオカシクなる程の水圧が一気に襲ってきて成す術もなく船だった破片と共に流される。

救命ボートの黄色い舳先が視界の端にちらっと飛び込んだが、すぐに水と泡に掻き消された。

息を止めるのもそうは長く続かない。

しかもその前に既にしこたま海水を飲んでる。

耳の中にも水が入ってきて気持ち悪いことこの上ない。

 

俺、死ぬかも。

いや、死ぬだろ。普通。

 

覚悟した途端に抵抗する気がなくなって意識が途切れた。

 

 

気が付くと何かの破片にしがみ付いて波間を漂っていた。

遠くに島影が見える。早くしないと陽が完全に沈んでしまう。

俺は焦った。

せっかく生きていたのに、ここで死んではウォードのヤツに恨み言の一つも言えやしない。

必死で泳ぐ。泳いでも泳いでも進まない。

島はちっとも近付いてこない。

「俺の体力には限りがあるんだっ!!」

誰にともなく文句を言う。遠くに島が見えてる。

見えてるのに近づけない。

再び死の予感がした。

 

 

今日、何度死ぬ覚悟をしただろ・・・?

馬鹿馬鹿しくって数える気にもならない。

 

 

水平線に沈んだ太陽と入れ替わるように空にゆっくりと月が昇り、空は朱が紫に変わり夜が近付く。

星々が浮かび空が深い藍へと変わる。夕暮れの美しさと夜空の壮麗さ。

 

こんな時じゃなきゃスゲエ感動モノなのに・・・。

 

カメラを手にしていない事が心底悔やまれた。

死ぬかもなんて言ってるときにやっぱり写真のことを考えたなんて知れたら、それこそ君に呆れられるに違いない。

それとも少しは泣いてくれるだろうか?

 

仰向けに浮かんで少しでも体力を温存させようと空を見上げるが熱帯の海とはいえ何時間も水に浸かったままの体は容赦なく温度を奪われていく。

フワフワとした浮遊感が疲れを追いやろうと抗いがたい眠気を招く。

何とか意識だけを保って力を抜き漂っていると波に押されて、いつの間にやら島に流れついていた。

「俺ってツイてる?」

答える者が居なくても構わない。

独り言を言うクセはガキの頃から変わらない。

ゆっくりと波打ち際で立ち上がると足元の砂の感触が心地良かった。

浮力から開放されると己の体重でさえ支えきれない重力を感じ、よろけながら砂浜へと上がる。

「マジ?もしかして無人島とか言う?」

人の気配が感じられない島だった。

人工的な明かりもない砂だけが広がるビーチ。

と星明りに僅かに見えるうっそうと茂った熱帯の植物達。

 

 

「も。いいや。なんでも。」

 

疲れ果てた体を砂の上に横たえたまま潮騒の音に身を委ねて俺は眠った。

 

 

夢を見た。

 

 

優しくて暖かい夢。

彼女が微笑んで、俺の手を取り頬に運ぶ。

彼女は頬に触れた俺の掌の温もりを目を閉じて感じている。

どうしようもなく、たまらなく愛しい気持ち。

相手に触れただけで、涙があふれる程の愛しい気持ちってのがこの世にはあるんだってコト。

教えてくれた。

 

 

俺は彼女にそっと口付ける。

始めは優しく唇を啄む。

やがて深く深く互いの言葉を飲み込む程に深く舌を絡めあう。

彼女の白い腕が俺の首に回されて、その火照った体を軽く抱き寄せれば、吸い寄せられるようにひたりと寄り添う。

湧き上がる愛しさ。切ない程のこの気持ちを何と例えれば良いのだろう。

この世に在る全てを引き換えても良いと思える程に。

俺は必死で彼女を愛した。

彼女の心も体も全てを手に入れたかった。

 

 

俺は昔からジャーナリストになるのが夢だった。

一流じゃないけど、一応、夢は叶った。

多分、俺は世間から見たら幸せモノだ。

 

でも・・・・本当は。

 

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