ジャンボ機で8時間かけて空港に着いたら、降り立った先にはプロペラ機が待っていた。
それから2時間、辛うじて舗装された滑走路が一本あるだけの小さな空港（と呼んでいいのか？）へ到着する。
やっと着いたかと思いきや、更に島に渡る船に乗り換えて約2時間だとさ。
「どんな未開の地だよ。」
満足に体を動かせず、固まりきった関節。大きく伸びをするものの体のキレは戻らない。
クルーザー級の船は外洋の波に煽られ風に煽られ揺れが意外に大きく、時差ボケの頭にかなり応えた。
「・・うっ・・・ゲぇ〜。気持ちワル・・・。まだ・・・着かねぇのか？」
普段は乗り物酔いなどしない俺がこんなにも苦しんでいると言うのにウォードのヤツはチラリとも気にしない。
「直に着く。」
愛想のナイ返事に（吐く時はお前の上着にゲロってやるからな。）と大人気ナイ事を考えても罪はあるまい。
「・・・ラグナ。」
俺の考えを読んだのか？ウォードが俺を見てちっと顔を顰めた。
強面なんだからそんな顔すんなよ。
モテねぇぞ。
ウォードに散々（頭の中で）八つ当たりをして気を紛らわしたら、幾分気分がスカッとした。
「着いたぞ。」
腕を組んだウォードがしゃくった顎の先を見ると島の桟橋が見えていた。
２. 新しい生活
桟橋では可愛い女の子が俺達を迎えてくれた。
「お帰りなさい。教授。」
凛とした表情が印象的な金髪の女性と聡明な感じの黒髪の女性。二人とも如何にも研究者といった風情をしている。
「新しく助手になったラグナだ。よろしくな〜！」
気分が悪いのを押して、なんとか気分を盛り上げ精一杯の笑顔を作る。
（俺って オ ト ナ だなぁ。）
「あぁ。先生の・・・。よろしくお願いします。オペレーターのシュウです。」
黒髪の女性が軽く会釈をしながら挨拶を返して金髪の女性の紹介をしてくれた。
「こちらは遺跡調査担当のキスティス・トゥリープ助教授です。」
「へぇ。若いのに助教授なんだ。スゴイなぁ。しかもエライ美人だ。」
キスティスと握手をしながら素直に口から洩れた俺の台詞に一瞬場が凍った気がした。
「そうでもありません。」とサラリと返してキスティスはニコっと微笑むと「では。後ほど。」と去って行った。
「・・・スゴイね。ラグナさん。」
近くで船の停泊作業を行っていた操舵担当の青年が少し驚いた顔で俺に話しかけてきた。
「キスティスさんに若いのに・・・なんて言って怒られなかったの初めて見たよ。」
「はぁ？だってスゴイじゃん。あの若さで助教授だぜ？」
「いや。それはそうなんだけど。」
普段、キスティス助教授は容姿や年齢のことを言われるとスゴク怒るのだ・・・そうだ。
あんなに可愛けりゃ普通に褒めるだろ？と俺は思うのだが。
「嫌なんだろ。」
ウォードがボソッと言う。
「あの若さと美貌ですから・・・助教授になった事をやっかむ人は多いですし・・・ね。」
シュウが付け加えた。
「あぁ。なるほどね。」
何故俺が怒りを買わなかったかは知らないが、周囲の空気が凍った原因については十分に納得出来た。
青年はニーダと名乗った。握手した手は分厚くて体を使って働く者のしっかりした手だった。
日によく焼けた肌も鍛えられた体付きも健康そのものって感じで好感が持てる。
近くの島に住んで漁師をしてるが、操船の腕を買われて専属操舵士として探査期間中はこの島に常駐している。
暇な時には釣りも教えますよ。人の良さそう顔で笑って言った。
夕食の席で簡素な歓迎会が開かれた。
主役は勿論、俺だ。
「ラグナ・レウァール。今まではジャーナリストしてました。ヨロシク！」
「おぉー！ジャーナリスト！格好イイ〜っ！」
周囲のざわめきが意外に大きかったので速攻で訂正を入れる。
「売れない。が付くけどな。」
賞賛は気分がイイが実力以上の評価は疲れるもんだ。堅苦しいのはゴメンだ。
笑いが洩れて場が和んだ。
主要なトコで、シド所長と奥さんのイデア。医師のカドワキ先生と看護士のエルオーネ。
それにキスティスにシュウ。それぞれに助手が3〜5人居る。
で、ニーダとウォードと俺。
現地雇いの食堂のオバちゃん達と作業員のおっちゃん達で総勢、約40名程。
なんで約が付くかって言うと現地の人間は通いなので面子が時々変わるからだ。
自己紹介も一段落したところで、南国特有の甘味も度数も強い酒が並々とグラスに注がれ乾杯した。
夜勤でなきゃ、酒も自由に飲めるんだと。
「研究所って言うからには堅苦しい場所を想像していたが意外に自由なんだな。」
「島に閉じ込められっぱなしではストレスが溜まるでしょう？」
素朴な疑問に斜め前に座ったエルオーネが答えてくれた。
「でも、飲み過ぎないでくださいね。」と優しい声で付け足した。
飯も結構美味い。南国風のエスニックな味付けはビールには最高だった。
馬鹿みたいに飲んで笑って騒ぐ俺。
「ウォード！お前も飲めっ！」
澄ましてチビチビ飲んでるウォードのグラスに散々酒をついでやるとヤツも酔っ払って地が出てきた。
いつもは物静かな風を装っていたらしいウォード教授の変貌ぶりに皆が驚いて目を白黒させてる。
学生時代の馬鹿な姿もついでに色々バラしておいた。
明日、記憶が戻ったウォードの顔が目に浮かぶぜ。
ここの生活も案外楽しそうだ。
歓迎会の後はウォードに担がれて部屋まで戻ってきたらしい。
ウォードが床に転がって鼾をかいていた。
さすがの酒豪ウォードも許容量を越えていたらしい。自室に帰る気力もなかったようだ。
ノドの乾きに目を覚ましたがまだ辺りは暗い、時計を見ると夜中の３時。
夜明けにはまだ時間がある。
ベットを降りると部屋に備え付けの小さな冷蔵庫から水を出して一息に飲んだ。
冷たい水が一気にノドから腹へと降りていく。アルコールで淀んだ血が水で薄まるって言うと大げさだけど、そんな感じだ。
エアコンの効いた室内からテラスへ出ると海沿いの風が吹いている。
人口の風よりも余程、涼しく感じるから人間の感覚なんていい加減なものだ。
星空を見上げると彼女を思い出した。
彼女の店の名と同じ星座が天に光っているから。
キミは今頃、何をしてる？
センチに星に問いかけてみる。
「らしくないわよ。」と星空のキミが笑う。
「俺はこう見えてもセンチメンタルなんだぞ。」
そう言えば一緒に住みだしてからは甘い言葉一つ彼女に言ってなかったコトに気付く。
レイン。言ってたら俺達の状況も変わってたかな？
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