始まりは些細な喧嘩だった。
いつもの事だ。ツマラナイ言い争いなんて。キスしてセックスして。はい、仲直り。単純なもんだ。と思ってた。
なのに、レインはいつもと違っていた。
「貴方にはついていけない。別れましょう。」
彼女は呟いた。
元からレインの部屋に転がり込んで居た俺は何も言えずに部屋を出るしかなかった。
同棲を始めて1年半。上手くやってると思ってたのは俺だけだった訳ね。
優しいレイン。
君にそんな顔させたかった訳じゃない。
1. 別れ
持って出た荷物は取材用の機材と着替え。それに山程のネガと取材メモ。
他はどうせ邪魔になるか、いつの間にか失くしてしまうだけだから。
置いてきた。
親友のキロスの家は電車を乗り継いで1時間とちょっと、都心にある瀟洒なマンションの最上階だ。
何かあるとキロスん家に厄介になりに来る。
例えば、飲み過ぎて帰れなくなった時とか、仕事で缶詰にされる時とか。
一度キロスが出張で居ない事を忘れて、グデグデに酔って玄関の前で待っていたら警察を呼ばれてしまった。
それからはキロスに合鍵を持たされた。だからオートロックのエントランスもすんなりと通り抜けられる。
大荷物を抱え目の前を横切る俺をマンションの管理人がとんでもなく胡散臭そうな顔で見送りやがる。
「ブルジョアめっ。」訳の分からない怒りがこみ上げた。
キロスの部屋の前まで来ると玄関をガツンと蹴ってやった。
「キロスっ!キーローースっ!開けろぉー!俺だぁ!」
隣の住人が何事かとドアの外をこっそりと窺っていたようだが今更、気にしない。
呼び鈴も押さずにガンガンとドアを蹴り続けた。
「ラグナ君。呼び鈴て知ってるかい?」
ゆっくりと玄関のドアが開けられた。
荷物で顔も見えない俺に続けて呆れた声がする。
「我が家は君専用の倉庫じゃないんだけどね。」
それでも丁重に俺を部屋へと迎え入れてくれたのは長い付き合いがあっての事だ。
キロスに荷物を押し付けてズカズカとリビングに入っていくとやたらデカくて懐かしい背中が見えた。
「丁度いい。ウォードも来てるんだよ。」
気障な調子でキロスは言いながら、俺の荷物をリビングの隅に運んで置いた。
ソファーに座って背中を向けていたウォードは振り返って「おぅ。ラグナ。」と片手を挙げた。
「なんだよ!久しぶりじゃねぇか。生きてたんだな!」
途端に元気に振舞う俺にキロスとウォードは顔を見合わせた。
「折角の再会なんだ。とにかく何か飲もうじゃないか。」
キロスの提案にウォードがのっそりと立ち上がるとキロスん家の冷蔵庫から缶ビールを3本漁ってきた。
「「「乾杯!」」」
「別れてもう何年になるのかね?」
「3年程か。」
「・・・別れ・・・・。」
・・・別れ・・・って・・・。
そうだ。俺、レインに振られてここに来たんだよな。
なんで嬉しそうに乾杯なんかしてんだ・・・。
いや。嬉しいのは嬉しいけど。
・・・レイン。
「おーい。ラグナ君?」
飲みかけのビールを零しながら思考の渦に巻き込まれた俺をキロスが呼び戻す。
「・・・ラグナ君。何かあったのかね?」
恐る恐る窺うキロス。とウォード。
「聞いてくれよーーーっ!!」
やれやれ。と言った風情の二人を省みることもなく俺は事の次第を話始めた。
今じゃ海洋研究所に勤めて一端の研究者としてその筋では名の売れてきたウォード。
世界一の売り上げを誇る雑誌社『ティンバーマニアックス』のやり手の編集キロス。
一応はジャーナリストとして、雑誌に記事を書いたり、写真を撮ったりして細々と喰ってる俺。
大学時代は3人でいつもつるんでは馬鹿ばかりやってきた。
卒業してそれぞれ好きな道に進んだがそれでも偶に会ったら昔みたいに酒を飲んで騒ぐ。
二人はとっとと偉くなったが変わらず俺に接してくれてる。
本当の親友ってのはコイツ等の事を言うんだと思う。
「つまりラグナ君。」
「君はレインさんに振られ、家を追い出されたと。」
「そう言うことだね。」
傷口に塩を塗り込んだだけじゃ足りなくて、更に抉るようなキロスの台詞に眉間に皺を寄せて俺は犬のように唸る。
「事実だ。」
ウォードまでそんなきっぱりと言う事ないじゃないか。
思わず涙目になった俺にウォードはビールを差し出した。「飲め。」って事らしい。
「仕方ないな。」
キロスの台詞は分かってる。先を制して言ってやった。
「キロス。当分ここに居るからな。」
「私が言う前に宣言しないでくれないか?ラグナ君。」
「全くだ。」と頷くウォード。お前どっちの味方なんだ。
散々(キロスとウォードが)飲み散らかして、俺もすっかり酔っ払って眠気が差してきた頃
ウォードが突然正面から俺の両肩をがばっと掴み、真剣な口調で言った。
「ラグナ。一緒に来ないか。」
「助手をやってくれ。」
「カメラに詳しい人間が必要なんだそうだよ。」
ウォードの言葉足らずの勧誘にキロスが付け足して説明を始める。
つまり詳細はこうだ。
ウォードの勤める国立海洋研究所が南の海に新しい研究所を作ったら、その近くの海底に最近、大規模な古代遺跡があることが分かった。
どうやら、発見されたのは前文明の遺跡でついでに不思議な海流現象が見られるらしく、本格的な遺跡発掘と近郊海域の調査が決定した。
その調査に同行し、海洋撮影も出来る技術者を助手として求めている。
期間は3年。出発は5週間後。助手と言っても寝食含めての待遇はバッチリ保証されている。
普段の俺なら、二つ返事の願ってもない話だ。
でも。・・・けど。
「あー。悪い。返事はちょっと待ってくれ。」
未練がましいと言われても俺はレインにもう一度会って話をしたかった。
翌日は昼過ぎに目が覚めた。
キロスもウォードも既にそれぞれ仕事に出かけてしまったのだろう。
静かな部屋は粗方片付けられていて、空調の音が微かに響いている。
「う〜。・・・頭イテェ・・・な。」
勢いを付けて起きると二日酔いの頭がクラクラした。
シャワーを浴びて気合を入れるとレインの経営する小さなカフェに向かった。
テラスから中を覘くとバイトのリノアとセルフィが忙しく常連の相手をしていた。
「あ。ラグナさん。いらっしゃい。」
可愛い笑顔を向けてくれた二人は交互にレインは朝からずっと所要で出かけているのだと教えてくれた。
「でも、そろそろ戻られると思いますけど・・・。」
「じゃ。待っててもいいかな?」
カウンターの開いている席を指して問うとリノアは笑って頷いて接客に戻っていく。
1時間は待ってただろうか?カフェにレインが戻ってきた。
カウンターに陣取る俺を見て一瞬足が止まる。
「ラグナ。」
「話がしたい。」
二階の事務所へと立ち去ろうとするレインを追って階段を上った俺の鼻先で事務所のドアが閉じられた。
「レイン。開けてくれ。」
ノックをしながら、鍵がかかったドアノブに手をかけてガチャガチャと回す。
部屋の中から声が聞こえた。
「何のご用かしら?貴方の荷物なら朝一番で処分したわ。」
「え?・・・もぅ?・・・・早っ・・・。」
「私には必要の無いモノばかりなんだもの。」
「それはそうだろうけど・・・。」
トンチンカンな遣り取り。
「こんな事を言いに来たんじゃないんだって!」
とにかく顔を見ないことには話にもならない。
無理に扉をこじ開けて事務所に入った俺を待ち構えるように彼女は正面に立っていた。
レインがじっと俺の顔を見つめる。
「何故?・・・・・私達別れたのよ。」
キッパリとした迷いのない静かな口調に僅かな俺の希望は吹き飛ばされた。
「友達にもなれないのか?」
縋り付く情けない俺に、壊れた事務所のドアを横目に答えるレイン。
「貴方がこれ以上馬鹿な事しなければ・・・いつかはね。」
俺達の遣り取りがまる聞こえだったのだろう。
昼過ぎのお茶の時間、其れなりに繁盛して客が沢山居るはずなのに、階下のカフェは静まりかえっている。
気まずい雰囲気の中、呆然自失でふらふら階段を下りてカフェを出て行く俺に
気の毒そうな顔したセルフィが「ラグナさん。元気出し。」と小さく声を掛けて見送ってくれた。
「明かりも点けないで何をやっているのかな?ラグナ君。」
仕事から戻ってきたキロスとウォードはリビングでソファに座って身動きしない俺に驚いていた。
俺だって驚きだ。何時ここへ帰ったのかも覚えてない。
「重症だね。」
キロスの声にウォードが唸った。
「ラグナ。一緒に行こう。」
ウォードの言葉に
「傷心のラグナ君には丁度良い話だと私も思う。」
キロスが背中を押した。
レインの顔が浮かんで消えた。
彼女を忘れるには・・・確かに時間が必要だった。
「分かった。行く。」
短い返事一つで俺はあっさり採用された。
それからは一気に話が進んで渡航手続きがあれやこれや。
撮影機材準備の最終点検も任されて、足りない機材の見積もりを持って役所に掛け合ったり、
世話になっていた雑誌社や事務所に連絡したり、ほんっとーに超忙しかった。
5週間じゃ足りないくらいだと散々ウォードにボヤいたが、必死になったら結局何とかなるものだ。
そんで毎日朝から晩まで走り回って、晩は疲れて夢も見ずに眠る。
結果的には色々考え込まずに済んだから良かったのかも知れない・・・。
出発の日。
空港で電話をするか、しないか。公衆電話の前でたっぷり1時間以上迷った。
挙動不審な俺に見送りに来たキロスは盛大な溜息をついたが、珍しく黙っていた。
電話はしなかった。
みっともないマネをしてこれ以上彼女に嫌われるのも御免だ。
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やっとFF8で小説を書き始める事が出来ました。
メロドラマチックにベタな感じで大人の純愛小説が目標なのですが・・・如何せん主人公がラグナ君なので。
シリアスに最後まで決めることが出来るのか?・・・なぁ?