眠れない。

 

もう、横になっても眠くならない。

 

目を閉じて夢の代りに見るものは、瞼の内側のラウールの顔。

 

優しく微笑んでくれていた顔。

静かに表情を変えずに、でも俺の事をいつでも見守ってくれていた、あの顔。

そして俺を避けるように険しく変わってしまったラウールのあの表情……

 

 

 

熱が下がってから三日が経った。

まだ体力は全然戻って来てるってわけじゃなかったけど、そろそろモグハウスの中で腐れているのにも限界だった。

ここでじっとしていても、頭の中を巡るのはラウールの事ばかり…。

日がな一日、ただ一人ラウールの事だけを考えて過ごすのはもう辛すぎて。

 

時々マジュカのあの言葉を思い出しては、ほんの少しの希望に縋り付き、胸が締め付けられ、苦しくてたまらなくなる。

 

ラウールに会いたい…

触れたい…

 

そんな思いも。

あるいは身体を動かせば少しは忘れていられるかもしれない。

少しリハビリするだけ。

 

俺は赤のAFに袖を通した。

 

 

自分でもちょっと無茶かな…と、自覚はあったけど、もうじっとなんてしていられない。

経験値が得られるような敵はこの体調じゃ当然無理。となれば自然とサポシーフで素材狩り。

俺は近場で手ごろな、ロランベリー耕地へとチョコボを走らせた。

 

昔から一人で時間を潰すのに気に入って通っていたポイントに辿りつく。

狙いは絹糸。

二箇所ほどの畑を行き来しながら目に付いたクロウラーを片っ端から掃除してまわる。

 

…まだ身体は重い。

ここのところ寝たきりだったから、思いっきり身体は鈍っているし体力も追いつかず、もどかしい。

少し動いただけで息が上がる。

左腕も肩が思うようにまだ動かせず防御も甘いけど、盾を持ってしまうと自然と動く範囲で構えてしまう。

今の状態で肩をあんまり使うのはよくないんだろうけど。

休み休み、人目もないし時々腰をおろして休憩を挟みながら、効率の悪い狩りを続ける。

それでも俺からすれば相手は弱めで回転自体は悪くなかったから、そこそこドロップが悪い絹糸でも暫らくするとある程

成果はあった。

まぁ、リハビリ程度の狩りとしては収穫は上々としておこう。

 

ロランベリー耕地は時々大雨に見舞われる。

疲れがピークに達してきた自覚が出てきた頃。

さっきまで天気の良かった耕地の空をみるみるうちに黒い雲が埋め尽くし、雨が近いのは直ぐにわかった。

クロウラーを倒して、一息ついたところで暗くなった空を見上げる。

 

ポツ…

 

大粒の雨粒が上を向いた顔にあたる。…降りだした。

そしてあっという間に目の前が雨で霞むほどの大雨になってしまった。

 

「うわ…ひどっ」

 

堪らず雨宿りに走る。

近場に小屋があってその軒下を借りる。いつもこの小屋にはカギが掛かっているから、中には入れない。

以前は素材狩りに来てこの軒下で何日も泊り込んだこともあったっけ。

特に畑主から依頼があってクロウラーを狩ってるわけじゃないし、ここの小屋は冒険者には解放されてないらしい。

この畑の所有者の農具や何かの倉庫にでも使われてるんだろう。

それでも雨をしのげるだけ有難い。小屋の裏に回れば風も少しは避けれる。

 

小屋の壁にもたれ掛るようにして腰をおろす。

武器を外して腕に抱きかかえて空を見上げるけど、雨は暫らく止みそうにない。

 

そう言えば赤魔道士を上げだしてから、こんな風に素材狩りなんてするのは初めてだな。

今まで白魔道士としてやってきてたから、なんだかしっくりこなくて変な感じだけど…。でも白で同レベルの頃を思い出せば今の方が

狩りも楽だし、なにより気分的に余裕がある。

 

俺、白より赤が向いてるかな…?

 

ぼんやりそんな事を考えていて、俺が何故白魔道士を目指しだしたか。それを急に思い出していた。

大事な俺の思い出。当時はとても辛くも感じたけど…

 

なんで忘れてたんだろう…?

 

段々遠くなっていく意識の中でぐるぐると昔の事が頭の中を廻りだす。

瞼が重い…体がだるい…

モグハウスの中じゃあんなに眠れなかったのに、少し外に出ただけなのにそんなに疲れたのかな?

……情けな…

 

瞼を閉じた次の瞬間には襲いくる睡魔に、呆気ない程簡単に俺は身を委ねていた。

 

 

 

どれ位眠っていたんだろうか。たいした時間じゃなかったと思うけど。

ふと…

ラウールが傍に居るような気がして目が覚めた。

 

そんな訳はなかったんだけど。

こんなロランの端の小屋の裏側に誰が来るって言うんだろうか。

 

すっかり雨は上がり、濡れた地面と水溜り以外に雨の気配は既になく、代りにあったのは赤く夕日に焼けた雲。

 

身体の気だるさは少しはマシになっていた。

こんなところで雨に濡れたままでうたた寝なんかして、よく熱がぶり返さなかったものだと、自分でもちょっと感心する。

でも、その原因が外的要因によるものだということを、立ち上がろうとした瞬間に気がついた。

 

――これ…マント?

 

俺のものではないマントが俺の身体をすっぽりと被っていて、俺の動きをほんの少し妨げる。

 

「………あ…」

 

驚きのあまりに声が漏れる。

多分、ラウールが傍に居たような気がしたのもこれのせいだ。

 

慌ててマントを握り締め立ち上がる。

小屋の裏から周り少し見晴らしのいいところまで駆けるが、すでに人の気配は周囲にはなかった。

 

握り締めたマントを口元に寄せると、ほんの少し懐かしい匂いがした。

今まで毎日のように傍にあった匂い。

 

――ラウールだ。

 

…まだ数日しか離れてないのに、酷く懐かしく感じるなんてなぁ。

サーチしてみると、ラウールはもうジュノに戻っていた。

 

多分、俺がフィールドに出たのをあの人もサーチか何かで知ったんだろう。

ラウールのことだから俺の事を心配して見に来てくれたんだと思う。

 

そうやって心配されてるだけの自分も。

体力が戻りきらない自分の身体も。

こんな野外で人が近づいてきても気がつかなかった事も。

色々情けなさ過ぎる。

 

「一体、何年冒険者やってんだよ、俺…」

 

誰に言うでもなく、口を突いて言葉が出る。

幼い頃から身内が居ない俺は、結構若いうちから冒険者を始めていたから、見た目よりは経験が豊富な方だと自分では思って

いたけど。たいした事ない。

 

なんだかここにこうして独りで立ってるのも虚しく感じてきて、俺はカバンからジュフを取り出していた。

 

 

 

 

 

ジュフ魔法の黒い渦が明けて、上層のレンタルハウスの前に出る。

ここも昔と比べると人の出入りが多くなった。

 

俺は人通りをよけて道の脇による。

そこで握り締めていたままだったサンドリアの紋章の入ったマントを腕に掛けなおす。

 

マント…返しに行かないと。

返しに行くだけだし…。

 

重い足を俺の部屋ではないレンタルハウスへと向ける。

 

 

長い廊下を少し進んだところで、目的の方向から勢いよく歩いてきた女性とすれ違う。

まぁ、数居る冒険者へ貸し出されてる宿だし、女性も少ないが珍しいもわけでもなし。

でもなんとなく俺はその人が気になって、すれ違った後で少し振り返る。

結構、美人な女の人だな…

すれ違った時にほんの少し香ったのは南国の花の香りだろうか。香水か化粧品か、俺には分からないけど、なんとなく印象に

残った香りだった。

冒険者なのに香水ってのもよく考えたらおかしな話だ。

アクティブモンスターの真っ只中に出て行く機会の多い俺達がそうした香りのものを身につけるというのもね…。自ら自分の居場所を

教えてるようなものだから。

でもまぁ、大概の女性はプライベートな時間はそうしたしがらみからも解放されるんだろう。

 

 

部屋の前に立ち、少し戸惑う。ノックすべきかどうか。

彼に会っていいんだろうか…

 

会いたいのに、凄く会いたいのに…なんで俺はこんなにラウールに会う事に躊躇いを感じてるんだろう?

自分でも何故か不思議で小首を傾げる。

マントを返すだけなのに…

 

いや。

他にも何か期待してる自分が居て、だから戸惑ってる。俺からラウールの傍を離れておいて、一体何を期待するって言うんだろうか。

なんだか可笑しくなって、俯いたままなのに口の端が釣り上がってしまう。

 

馬鹿馬鹿しい。

そして意気地のない俺。

 

一つ溜息をついた後、目の前のドアへ視線を向ける。

マントはここに置いていこう。

そう思って手に持っていたマントを持ち直そうとした瞬間、目の前のドアが開けられた。

 

「………あ……。」

 

不意の事で言葉に詰まる。中から出てきた当の本人はさして驚いた様子もなく。ただ、いつも通りの落ち着いた眼差しで俺を

見下ろしている。

 

「あの…このマント、ラウールのだよね。」

「…よくわかったな。」

「知り合いにこのマントを羽織れる人物なんてラウールくらいだし。…他に心当たりなんてなかったから…。」

 

本当はナイトリーマントを羽織れる知り合いが他に居ないわけじゃなかったけど…。

匂いで分かったなんて恥ずかしくて言える訳がない。

たたんでもいないマントをそのまま差し出すが、ラウールは受け取る様子がない。

 

「寄っていけ。」

 

そう言って中へ招き入れるように、ラウールは身体を少し退いて入り口を開ける。

でも俺はその言葉を拒否した。

 

「これ、返しに来ただけだし。」

 

マントをラウールの胸に押し付ける。

そのまま来た道を走り去りたかった。…けど、そう出来なかった。

俺は押し付けたマントごと腕を掴まれていた。

一瞬驚いて腕を引こうとすると、更にラウールの手に力が入れられる。

 

「――放してっ、痛い…」

 

無理に腕を引こうとして、肩に痛みが走る。

それでも一向にラウールはその手を放してくれなくて、それどころか更に強い力で腕を固定される。

ラウールのそんな行動と自分自身がどうしたいのか分からなくて、俺は半分パニックになっていたんだと思う。

肩の痛みもそのパニックに拍車を掛けて、俺は無我夢中でその腕から逃れようともがいていた。

それでも俺の力じゃその腕がほどけなくて、とにかく肩の痛みとそのパニックから逃れたくて…

 

「や…放してっ!何処にも行かないから!!」

 

その言葉が本当にラウールから逃れたくて口にした言葉だったかというと…多分そうじゃない。

そう言ってややあってから、やっとラウールは俺の腕を解放してくれた。

そして、少し呼吸を乱した俺の頭を…酷く優しく抱き寄せられる。そのラウールの顔が切なげで、俺は胸の奥を何かに掴み上げられる

ような感覚に襲われた。

…なんて切なげな顔をするんだろうか、この人は。それも俺なんかを相手に。

こんなに俺を期待させて、この人は…卑怯だ。俺があなたの傍に居る事に引け目を感じてるのだって知ってるくせに。

そしてあんな露骨に俺を避けてみせもしたくせに。

 

いつも俺に差し伸べられていた優しい腕…

でも、その時俺はその腕の中でいつもとは違う何か違和感を感じていた。

 

招き入れられるままに部屋に入る。慣れている筈の部屋…。

 

…タバコの匂い?

 

入って直ぐ、ここでは嗅ぐ事のなかったその部屋の空気に、入り口で足が止まる。

この一年間過ごしてきたラウールのレンタルハウス。なのに…全然知らないところのように感じる。

 

何気なくラウールがテーブルから下げた小さな器の中にあったタバコの吸殻が目に入る。

――そして、その吸殻に紅い口紅の跡も。

さっきまで、この部屋に女性が居た事は一目瞭然だった。

 

それを目にしたときのショックは自分でも想像を越えていた。

そしてさっきラウールの腕の中で感じていたあの違和感の原因も同時に知った。

今まで抱えながらも懸命に振り払ってきた不安が、一気に頭の中を駆け巡る。喉を何かに締め付けられてるみたいで、

呼吸が…空気が上手く吸えない。

気持ち悪い…吐きそう。

 

「――誰か来てたの?」

 

極力平然と口にしたつもりだけど、声を絞り出すのが精一杯だった。

駄目だ、喋ると本当に吐きそう…。この何時間か何も食べてないのに胃がむかついて苦しい。

ラウールの背中もまともに見られない。

胃がむかついてるってのもあったけど、身体の芯が震えてるような錯覚があって、無意識に俺は両手を握り締めていた。

 

「ああ。」

「…どんな関係の人?」

 

そんな事を聞いてどうするんだろうか。

ラウールも俺も男なんだ。

特に俺がそこに居ない時に誰を連れ込もうと、俺にそれを攻めることなんて出来ないのに。

…したくもないのに。なんで俺はこんな事を口にしてるんだろう?

苦しいのに、気持ち悪くてもう喋りたくもないのに。

 

「……古い知り合いだ。」

「ふーん。」

 

ラウールは即答しなかった。

古い知り合いなのは確かなんだろうけど、ただそれだけの関係じゃないのは俺でも直ぐに分かった。

 

俺はラウールに動揺してるのを悟られたくなくて、俯いた。

けど、そんな事しても今更隠しきれるわけがなくて。

俺の様子がおかしいのに気がついたのか、テーブルの上を片付けていた手を休めてラウールが近づいて来るのが気配で分かる。

ラウールとの距離が縮まるにつれ、俺の心臓の音が早くなる。

もう立ってるのも辛くて、後ろのドアにもたれ掛かる。

 

「…どうした?」

 

ラウールが俺の様子を覗き込んできたけど、目をあわすのが嫌で瞼を閉じる。

 

「その人…本当にそれだけの人?」

「…そうだ。」

「ねぇ、本当は俺なんか相手にするより、女性の方がいいんでしょう?」

 

彼を追い詰めるような事を言いたいんじゃない。そんな当たり前の事を今更口にしてどうしようって言うんだ。

俺は…

 

「――何を一体…」

「………ウソはもっと上手についたほうがいいよ……。」

 

そう言って、俺は顔を上げ…自らラウールの胸元へ頭を寄せた。

そしてラウールの周りに纏わる空気を少し鼻咥へ送り込む。

 

「――残り香。」

 

さっき廊下ですれ違った、あの女性が纏っていた南国の花の香りだ…。さっきまで嫌悪感を感じなかったこの香りも、今は俺の胃を

刺激するイヤナ匂いに過ぎない。

そして、その言葉に明らかにラウールの身体が硬直する。

 

…ああ、やっぱり。

 

ラウールのその反応に何故か俺は緊張感から解放され、代りに何か諦めに似たものを手に入れていた。

同時に今までひっくり返りそうだった俺の胃も、嘘のように大人しくなる。

 

「…やっぱり俺じゃダメなんだね。」

 

強烈な緊張感から解放されて、こんなところで落ち着いててどうするんだと自分でも突っ込みを入れたくなるくらい、開放感を感じてて。

その俺自身のどうしようもなさに、失笑してしまう。

今まで抱えていた不安の原因を知って、その不安が的中していたにも関わらず、何故か俺は妙に落ち着いていた。

哀しくはあるけど。…でも、涙は出ない。

だって、分かりきっていた事なんだから。

 

「……違う。」

 

俺と入れ替わるように項垂れてしまったラウール。

小さい声だったけど、ラウールのその否定の言葉ははっきりとしていた。

 

「何が違うの?俺は男だし、ラウールの全てを満たす事なんて出来るわけないし…。」

 

俺の言葉を遮ろうとしたのか、ラウールが俯いたまま小さく首を横に振る。

 

「あなたが誰と関係を持とうと、俺に責める資格なんてあるわけ…」

「だから違うんだ!」

 

俺が言葉を言い終わらないうちに、今度はもっとはっきりと、強い口調で否定される。

 

「だから何が違うのさ…?」

「……確かに俺は……あいつを、お前の…身代わりにしようとした…」

 

――え?俺の身代わり?

あいつって…多分あの女性の事だとは思うけど。

何を言ってるんだろうか、この人は?

それは逆でしょう?

 

「…でも、出来なかった。」

 

消え入りそうなその声。

さっきの言葉が聞き違えでなければ…それは……。

 

その時初めて俺はラウールの左の頬が少し赤いことに気がついた。

そして、廊下ですれ違った女性が勢いよく歩いていた事…

ラウールが言わんとすることがなんとなく想像できて、肩の力が一気に抜ける。

 

…俺の思い過ごし?

でも、俺の身代わりって、一体…

 

「お前が欲しい…」

「え!?」

 

いきなりすぎて、恥ずかしいくらい素っ頓狂な声が出る。慌てて手で口を押さえるが後の祭だ。

言われた事の意味がわかってるだけに、一気に顔が熱くなる。

…多分真っ赤になってる……俺。

 

「お前以外…抱けない。」

 

ラウールの顔がゆっくり俺に近づいてくる。

静かで、低いラウールの声。

その声と言葉に俺の体の芯がぞくりと疼く。

 

「抱きたくない。」

 

口を押さえていた手をやんわりとそこから外される。

恥ずかしさのあまり、顔を背けてラウールの視線から逃れる。

自分の鼓動が耳の中でバクバクと大きく響いてうるさくてしょうがない。喉のあたりが締め付けられてるみたいで…苦しい。

 

「…でも!あんなに俺を避けてたじゃないか!」

「お前に触れてしまったら……熱に浮かされてるお前をさらに壊しそうで、怖かったんだ…」

「…そ…!……そんな事っ………」

 

何かを反論しようとして、正面を向いたその瞬間…

俺の言葉はラウールの唇に阻まれてしまった。

 

柔らかくて、暖かいラウールの唇。その感触に理性が一気に持っていかれる。

縋るようにラウールの唇を求めて、自分から身を乗り出す。

 

…さっきまで何か言おうとしていた事なんて、もうどうでもよくなっていた。

 

ラウールは…この人は何を思ってこの数日を過ごしたのだろう…?

俺には多分理解はできないけど、きっとこの人なりにぐるぐると俺の事を考えてくれていたに違いない。

そう思っただけで、その激しさに流されそうなほどの感情に襲われる。

…報われすぎじゃない?俺…

 

『ま、今は身体治す事が優先だな。』

 

あの時のマジュカの言葉が頭に蘇る。

今になって、その言葉の意味がわかった気がした…

 

 

 

 

 

もう既にすっかり忘れられてるガーウィン氏に合掌…チーン。

 

電柱‖ω・`)<何かあるかもー。

 

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