目が覚めて…もう三日が過ぎた。

 

俺にとってはいつもの何十倍も長く感じられる三日間だった。

…つらい。

身体が言う事を聞かないのももどかしい。

けれどそれ以上に、ここに居るの事がもう苦しくて限界だった。

 

ラウールのモグハウスに居るのに、でも彼は殆どここには居ない。

朝、目が覚めると何処かへ出かけて夜遅く帰ってくる、そんな日が続いている。

何処へ行っていたのか聞いてもまともに答えてはくれず、殆ど口を利いてはくれない。

…そして俺を見ようともしない………。

 

こんなに露骨に避けられているのに、俺は自分の身体が利かなくて、ただここに居るしかなかった。

――けれど、それも今日まで。

 

「…ラウール。」

 

又今朝も出かけるつもりなのだろう。準備をしているラウールを呼び止める。

返事はない。

 

「熱も下がったし、俺…自分の部屋に戻るよ。」

 

背中を向けたまま自分の荷物を整理していたラウールの動きが一瞬止まる。

 

「熱は薬で抑えてるだけだ、寝ていろ。」

「ここじゃ落ち着かない…」

「…」

 

ラウールの傍に居たいと願ったのは俺の方。

俺が居て何か彼の役に立てるだなんて思ってはいないけど、なれるわけがないけど。

それでも、ラウールの傍に俺が居る事が、彼の負担になる事だけは絶対に嫌だった。

 

「ラウールさ、俺の事避けてるでしょう。」

「避けてなんかいない。用があるから出かけているだけだ。」

「…うそ。なら、何で俺と目を合わせてくれないのさ。」

 

返事はない。

ただ、自分の荷物を整理し続けている。

 

「ここのところ俺がベットを占領しちゃってるけど、ラウールは何処で寝てるの?」

 

夜は薬のせいか俺も目が覚めないけど、隣にラウールが居ないって事くらいは分かってる。

今までなら俺がどんなに調子が悪くても、いつも傍で寝ていてくれていた。少し狭くても同じベットを共有していたのに。

フェ・インから戻ったその日以来、多分俺が目を覚ますその前から、ラウールは俺に最低限の接触しかして来ていない。

会話もしかり、身体に触れる事も…。

 

俺の事なんて見たくもない様なその態度。突き放すようなもの言い。

俺を避けているのに、俺にここに居ろと言う。

 

「お前が気にする事じゃない。」

「ちゃんと寝られてるの?」

「――うるさい!」

 

声を荒げられた。

振り返ったラウールの目は下から見上げるように俺を睨み付けていた。

そして、その顔には隠し様もない疲れの色…。

 

けど、自分でも意外だったのはそのラウールの行動が俺にも予想できていた事だった。その視線に動じていない自分に驚く。

これまでこんな風に邪険にされた事なんてなかった。

第一、ラウールは感情のまま声を荒げるような人なんかじゃなかった…。

いつでもゆっくりと物事を見定め、冷静に判断し、速やかに行動に移す。普段、落ち着いている時はもの静かな人なのに。

 

――俺が追い詰めている。

 

はっきりと理由は分からないけど…それは確信に近かった。

おそらくガーウィンを送った、あのフェ・インでの事ですら引き金にしか過ぎない。

嫌われない事で傍に居られるならと、その為なら何でもすると、そう思ったけれど…問題はそんなに甘いものではなかったみたいだ。

問題は俺の存在そのものなのだろう。

 

「病人に心配などされたくない。」

「ラウール。あなた、鏡で自分の顔を見てみるといい。どっちが病人みたいな面してるんだか!俺だって…」

「黙れ!!」

 

その声に、言葉を続けようとした俺は口を噤んだ。

そして部屋の隅に視線を向ける。

 

「かわいそうに。モーグリが怯えてる…」

 

おそらく、モーグリもこんな主人の姿を見たことがなかったのだろう。

部屋の隅で小さくなり、おどおどしながらこちらを見ていた。

 

「モーグリ。」

 

パタパタと羽根音を立てながら浮いていた小さな身体が、呼ばれてピクっと硬直した。

よっぽどだ…。

 

「こいつが大人しくしてるか見張ってろ。夕方には戻る。」

「…分かったクポ。」

 

それだけを言い残すとしょげたように小さく頷くモーグリを背に、ラウールは部屋を出て行ってしまった。

 

 

 

「……はぁ…」

 

気が抜けたからか疲労感に襲われ、そのまま俺はベットに突っ伏した。

まだ本調子には程遠くて、本当のところはまだ部屋の中をうろつくのも辛い。

ラウールが言った通り、熱は薬で抑えているし。夕方が近くなると薬が切れるのか、未だに少し熱が出る。

左肩も痛みこそマシにはなって来ているけど、関節の動きが悪くて可動角度も殆ど戻ってない。

 

「…大丈夫クポ?」

 

心配そうにモーグリが覗き込んでくる。

 

「うん、平気。それよりごめんよ、トバッチリ食らわせちゃって。」

「カイルが謝る事ないクポよ…」

 

その言葉に俺は小さく首を横に振った。

なんて小さくて健気な生き物なんだろう。自分も怖い思いをしてるのに、俺の心配なんてしちゃって。

自分の主人の変貌振りだって、俺が原因だって分かってるだろうに…。

 

「おいで。」

 

ベットから身体を起こしてモーグリを招き寄せる。

パタパタと寄って来たその白くて丸い生き物を、俺はきゅっと抱きしめる。

 

「今まで世話になったね。俺、やっぱり帰るから。」

「…クポ…」

 

独特の鳴き声が腕の中で聞こえた。

 

「カイルは強くなったクポ。一年前とは別人クポね。」

「あはは…それは、ラウールとモーグリのお陰だよ。………感謝してる。」

 

確かにあの頃みたいに身も心もボロボロって事はなくなった。

でも、胸のあたりにぽっかり穴が開いてしまったようなこの感じ…。何が変わったって言うんだろう。

ただ俺がラウールの生活を変え、彼を疲れさせただけだったんなんじゃないか…。

もしそうだとしたら、最悪だな。

これ以上、あの人の生活をかき回すのはよそう。

 

「モーグリ、ジョブチェンジお願いできる?」

「…?何になるクポ?」

「黒で。」

「ホントに帰っちゃうクポ?」

「うん、とりあえずはジュノにね。」

 

この一年間、帰ってくる場所は「ラウールの居る場所」だった。

けど、今日からは別の場所へ…。

 

「一人でも無理しちゃだめクポよ?」

「分かってるって。」

 

俺の事を見張っておけなんて言われていたけど、この優しい生き物が俺を止められるはずもない。

そんな事知っててラウールも酷な事を言ったもんだと、今更ながら思う。

…でも、俺を止めなかったからといって、モーグリがラウールに責められる事はないだろう。

 

「最後にもう一つお願いがあるんだけど。」

「なにクポ?」

「俺が汗で汚しちゃってるし。このベット、君のご主人の為に整え直してあげて。」

 

――帰ってきたら、ラウールがゆっくり休めるように。

 

モーグリはこくりと頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「こんなもんで暫らく足りる?」

 

そう言ってタルタルは両手いっぱいの荷物を椅子の上にのせてくれた。

彼はフレのマジュカ。

デジョンでジュノに戻ってきた時、俺がレンタルハウスの前でフラついてるところを見付かってしまったのだ。

 

「何か悪いね…」

「急に目の前に現れたかと思ったら倒れかかって来るんだもん。ビビっちゃったよ。ほっとけるワケないだろ?w」

「あはは…ごめん、ごめん。」

 

なんだかバツが悪くて頭を掻いて誤魔化してしまう。

 

「食料を仕舞うだけ仕舞ったら、俺も帰るから。横になってなよ、顔赤いぜ?」

「ん…悪い。」

 

その言葉に甘えて俺は横になる事にした。

あとはモーグリがやってくれるだろうけど、丁度今は使いに出してるし。正直助かる。

 

マジュカは俺のフレでは付き合いも長い方で、ガーウィンと同じLSのメンバーだった。

元々俺がガーウィンと会う前からフレだった奴なんだけど…。まぁ、ガーウィンと出会う切っ掛けになった人物な訳で、他の人より俺の

事情を良く知っている人物だった。

同じ「白」を目指していた仲だったけど、彼も白魔道士は引退して今じゃ高レベルの「召喚士」だ。

 

「お前さ、あの双子石まだ持ってんの?」

 

聞かれて一瞬息が止まる。

ああ…あのピアスの事もマジュカには言ってあったっけ。

フェ.インで倒したシャドウの顔が脳裏を過ぎる。

 

「………いいや。ケリはつけてきたよ。」

 

簡潔な俺の答えにマジュカは「そか」と短く頷いただけで、こちらを振り返りもしなかった。

彼なりの気遣いかな…。

 

そう言えば、ガーウィンの葬儀が済んだ後も、彼はこんな風にそっと俺の事を見てくれていっけ。

俺から連絡を絶った後も、時々無事を確かめるように一言だけの通信を送ってきたりしてくれていた。

でも、何故か俺もそれを鬱陶しく思うことはなかった。時々兄弟のようであり、白魔道士としてほんの少し先輩で。

気を許せる数少ない「友」と言える存在。

 

「そう言えばさ、ラウールって言ったっけ?上手く…行ってないみたいだね、その感じだと。」

 

その質問に俺は答えなかった。

 

「ガーウィンの知り合いだよね?ちょっと気にはなってたんだけどさ。」

「あぁ…マジュカも彼に会った事、あったね。」

 

手の届く範囲の棚に保存の利く食料を並べていたマジュカだったけれど、手を止めてベットへと寄って来た。

彼には少し重そうな椅子を引きずりながらベットサイドに寄せる。

椅子に昇ってマジュカが座ると、ベットで横になっている俺と目線が同じ高さになる。

 

「ナイトだったね、ガーウィンとは対照的な印象の人だったからさ。なーんか意外な組み合わせでよく覚えてるよ。」

「召喚戦の時だよね?」

「そそ。イフとジジィと…あとえっと…」

「リバイアサン。」

「そうそう。3連戦行った時だよ。」

 

思い出して、マジュカがぽんと手を叩く。

その時はガーウィンの伝でラウールに助っ人に来てもらってたんだった。そう言う俺も助っ人に呼ばれた口だったんだけど。

 

「向こうは覚えてないみたいだけどね。」

「…まぁ、あの人もガーウィンしか知り合いが居なかった状況じゃ、そんなもんでしょう。」

 

何故か苦笑いになってしまう。

あの時、ラウールは知り合いであるガーウィンとしか殆ど会話はなかったし、俺達の事を覚えてなかったのは当然なんだけど。

戦闘中だって後衛の俺たちはかなり離れた場所に居て、前衛の彼らとはあまり接触はなかった。

丁度その時は盾役が不在で、でもガーウィンは助っ人にラウールを誘うのをかなり躊躇っていたっけ。

なのに、いざ本人と会ってみたら、やたら嬉しそうに彼と話していたのを覚えている。それにラウールの方も随分親しげだった。

 

当時はちょっと妬けたりもしたっけな…。

その後ガーウィンが「あいつにお前を会わせたくなかった。」なんて意味の分からない事を言っていた。等の本人は

俺の事なんて覚えてもなかったのに。変な話だ。

言われた時は「俺って知人にも紹介したくないような存在なのかな?」とも思ったけど…、今になってみれば、ガーウィンの

その心配もなんとなく分かるような気もする。

 

そして、初めて会うはずのラウールに俺は何故か懐かしさを感じたの事も覚えてる。

…あれは何だったんだろう?

 

「何一人で笑ってるんだよ、気持ち悪いぞお前w」

 

妙なものでも見る様な目つきで俺の顔を覗き込むマジュカ。

ちっこくて黒い鼻がひくっと動いてかわいらしい。

 

「なーいしょ。」

「あー、なんだこいつ!スケベな事考えてたな?ww」

「ばーかw」

 

くすくすと笑うとマジュカも釣られて笑う。

こうしてマジュカと話している間は拗れたラウールとの事からも解放されてる。

 

その事を急に思い出して…

――今頃ラウールは…?

一瞬息が詰まりそうになる。

 

俺の表情が固まったのがわかったのか、不意に小さい手が俺に伸ばされてきて、子供でもあやすようにポンポンと頭を叩かれる。

タルタルの容姿から時々忘れてしまうけれど、彼は俺より年上なんだった…。

何だか急に優しくされて、少し鼻の奥がじんとする。

 

「なぁ、カイル。」

「なに?」

 

名前を呼ばれて、泣きそうなのを誤魔化すようにぱっと顔を上げる。

マジュカがその大きなくるくると動く瞳でじっと俺を覗き込んでくる。

そして、俺に言った。

 

「…お前らしく、やれてる?」

「…………」

 

その言葉に何故か勝手に涙が溢れてきて…止まらなくて…

タルタルの小さな胸を借りて、声もなく、ただ泣いた。

 

気が許せる人が傍に居ることの有難さが身に染みる…。

どこかで意固地になっていた自分自身が少しずつ解放されていくのが分かる。

 

そしていつの間にか、俺はぽつりぽつりと自分の事をマジュカに話し始めていた。

 

ラウールにやっと好きだと言ってもらえた事。

そしてそれを切っ掛けに、フェ・インでガーウィンをアルタナの元へ送ってきた事。

そしてこの数日の事。

ラウールの元を俺から出てきた事。

 

そして暫らく黙って俺の話を聞いてくれていたマジュカから返って来た言葉は意外なものだった。

 

「なぁ…それって、もしかしてさ……」

 

ちょっと難しそうな顔をして、腕なんかまで組んで。

 

「そいつ、今まで本気で誰かを好きになった経験って殆どないとか?」

 

……………

 

え?

 

「…………それはないと思うけど?」

 

俺も答えを返すのにたっぷり1分はかかったと思う。

 

「なぁ、女性?経験が豊富ってのと、それって別モンだぜ?ワカッテルカ?w」

「………」

 

多分俺は凄く間抜けな顔をしていたと思う。

確かにマジュカの言う通りだけど…まさかラウールが?

 

と、思う一方で、俺のどこかで「それは当たってる」と感じていた。

誰かをとても大事に思うって事は、時として自分の思うようにならないくて歯がゆい思いをする事が…あるはず。

その感情をラウールが持て余していたとしたら、俺に対するあの扱いも納得がいく。

 

…思い当たる節があって。

 

「何オマエ赤面してるかな?ww」

「え?w」

 

そうだ、確か熱に浮かされながらも目を覚ましたとき。

夢を見てたんだと思っていたけど…あれは違ってたかもしれない。

 

覚えているのは、冷たい水を飲まされる感触。

そしてラウールにキスされてたような感覚。

 

今までのどんなキスより、甘くて、とろけそうだった…。

その時それは俺の願望が見せたただの夢だと思っていたから、思い出す度にかえって虚しくなっていたけれど。

 

…もしかしたら…。

 

 

「あぁ〜、もう。ただのノロケ聞かされてただけかよ…」

 

タルタル特有のちょっと大きなリアクションで、マジュカはうんざりと溜息を吐いた。

 

 

マジュカに言われて「もしかして…」

そう思ってはみたものの。

 

でも、そこまで自分がラウールに思われている自信なんてこれっぽっちもなかった。

だから、それを確かめるのも怖すぎる。

 

 

「ま、今は身体治す事が優先だな。」

 

マジュカの言った真意をその時理解していなかったのは、後から気付く事になる。

 

 

 

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