奴と俺は寄宿学校時代からの友だった。

 

奴は生真面目な俺の性格とは対照的な存在で、気さくで陽気で悪戯好きで。エルバーンの中ではどちらかと言うと変わり者だった。

そんな俺たちだが、どういう訳か仲は良かった。喧嘩もよくしたが…。

俺が冒険者になったのは奴の影響を受けたからに他ならない。

学校を卒業し、冒険者になってからも何度か奴とも旅をする機会はあったが、特に一緒のLSに所属する訳でもなく。

互いに積極的に連絡を取るわけでもなく。

だが、それでもお互いが親友だと言えるおかしな仲だった。

 

……しかし。

奴が亡くなったのを知ったのは、奴の死後半年もたってからだった。

 

 

 

フェ・インには奴がまだ居るのだと、ずいぶん前にカイルがうわ言のように言っていた事がある。

奴をあそこから助け出すか、一緒に逝くか、それしかないのだと。

死んだはずの人間がまだフェ・インの中のどこかに居るなど、そんな事あるわけは無い。最初はそう思っていた。

だが、思い返すほどに不可解な一年前のあのシャドウの行動…

俺が切りつけるまで、動かないカイルの身体を離さなかった。確かにあの一瞬、そこに何かの意志があったように

感じたのを、今でもはっきりと覚えている。

 

そして俺は再び見る事となった。カイルに異常に執着するシャドウ。

そして俺に剣を向けた同族の姿をしたその亡霊。

それが本当に奴なのか、そうでないのか…俺には分からなかったが、何故か俺はそのシャドウを奴の名で呼んでいた。

 

この一年で体力的にも精神的にもかなり回復してきていたカイルが、いずれ又あそこへ行くことも分かっていた。

カイルにとってガーウィンとの関係はまだ終っていないんだと、終らせる為にカイルには何らかの儀式が必要なのだと、

初めから分かっていた。

 

だが、それは俺にとっては「今更」でしかなく…。

 

分かっていてもその事に理不尽さを感じたこの思いを、かき消す事は出来なかった。

冒険者となり様々な人達と触れ合い、すれ違い。俺はその中でもある程度物分りはいい方だと、自分でも思っていた。

が、そんなものは俺が自分自身を飾り立てた付け足しのパーツにしか過ぎないのだと。ただ他人に干渉していなかっただけ

なのだと今回の一件で嫌でも思い知らされたのだ。

 

 

フェ・インにたどり着いて最初にカイルを見つけたあの瞬間から激しい怒りに支配されて、恐らく俺は何一つとして冷静に見て

いなかっただろう。

なのにやたらと頭の中は冴え、まるで自分の感情を失ってしまったようにすら思えるほど冷酷な自分を感じずには

いられなかった。

今思い出しても自分自身に寒気がする。…あれが俺だったのかと。

 

俺が掴み上げた肩の傷みに歪んだカイルの顔が瞼の内側に焼きついて離れない。

だが、あの表情を見た瞬間に俺は異様な感覚に襲われていた。

 

――快感にも似た、支配欲を満たされる感覚。

 

その瞬間、確かにカイルを支配しているのだが自分なのだと、カイルが感じているのは俺だけなのだという事への快感。

そして同時に、先刻俺の目の前で奴と唇を重ねたカイルが憎くて溜まらなかった。理由はどうあれ「俺」がここに居るにも関わらず、

それを知った上で尚奴に重ねられた唇が、奴から受けた傷が、奴を送ったその腕も、何もかもが俺を裏切ったような気がして

許せなくて。

お前の全ては俺のものなだと、カイル自身に知らしめたくて――

………俺は…………

カイルを傷つけた。

 

その口から発せられた拒絶の声。恐怖に硬直したその身体。

そうさせた俺の行為がどんなに惨い仕打ちだったか…。

 

――なのに。

俺の中の罪悪感は驚くほど希薄なのだ。

あろう事か、あれから二日間未だに眠り続けているカイルを目の前にして、彼が傍に居るという幸せさえ俺は感じている。

 

どうかしている。

俺の奥深いところに眠っていた欲望が未だに俺の中で燻っている。

自分自身の本性に笑わずには居られなかった。

 

渇いた笑いが部屋の中に響く…。

 

ほんの数日前までただ「特別な同居人」だった彼にこんなにも魅せられていたのかと思うと、言葉にもならない。

内側まで支配されていたのは他でもない、俺だった。

 

そしていつの間にか、俺の頬を雫が伝っていた。

何故泣いているのか、それすら分からない…。

 

 

 


 

 

「…寒い…」

 

俺が遅れ果てた後、呼吸が収まるとカイルは微かにそう言った。

情事の後でほてっているはずの身体を汗と精液で汚したままカタカタと振るさせ、うつろな目を薄く開けたまま動かない。

顔色は蒼白。さっきまで情事に濡れていた唇は紫色になっている。

カイルの身体を抱き起こすが反応が薄い。乱れたAFのブリオーも、汗で身体に張り付いて痛々しさを増長させていた。

 

「カイル。…カイルっ。」

 

名前を呼びながら軽く頬を叩くと、ほんの少しこっちを向いて…その顔は血の気の失せた唇を、かすかに緩めて細く笑った。

大丈夫、とでも言いたいのだろうか…。

だが、その後は気を失ったのか全く反応は返ってこなくなった。

乱れた着衣を直してやり自分のマントでカイルを包む。

青白い顔で意識の無いカイル、そんな彼を俺のマントで包んでやったのはこれで2度目だ。皮肉にもあの日を彷彿とさせる

光景だった。違っているのはカイルをこんな姿にしてしまったのが俺であるという事…。

 

俺はカバンの底の方を探ると、テレポリングを取り出した。何かの折の為にすぐ帰郷できるようにと持ち歩いていたものが

こんな時に役に立つとは思いもしなかったが。

テレポ移動の瞬間に備えてカイルをしっかりと抱きしめる。指輪の効果が発動し始めやがて視界が白い光に包まれ、眩しさに

目を閉じた…次の瞬間には俺たちはホラ石のクリスタルの光の中に居た。

外の空気が、風が俺たちの肌を撫でる。

青い水のようなクリスタルの光でカイルの顔が一層白さを増したように見え、胸に傷みが走る。黒魔道士のようにD2が使えたらと

内心舌打ちをせずには居られない。

 

俺はカイルを抱え上げるとチョコボをレンタルし、急ぎサンドリアへと向かう。

しかし、今のカイルにはチョコボの走る振動すら堪えているだろう。騎乗しながらも腕の中のカイルの顔を覗き込むと、額には

汗がにじみ、苦しさの為か眉間にうっすらと皺が寄せられている。ホラからサンドリアの距離はチョコボでの移動距離としては

さして長くは無いが、その時の俺には故郷のサンドリアがとてつもなく遠く感じられていた。

 

 

 

 

 

サンドリアへ着いたのは二日前。

あれからカイルは移動途中に高熱を出してしまった。ここ最近続けていたハードなレベル上げの疲れと肩の怪我、更に

ボスディンでの長い雪道が祟ったのだろう。薬も飲ませてはいるが熱は一向に下がらず、カイルは眠り続けている。

 

既に冷たさを失っている濡れタオルをその額から外してやる。

眠るカイルの乱れた前髪を書き上げ頬に触れ、そしてそのまま首筋に掌をあてる。

やはり熱い…。熱のせいで顔が赤い。

襟元を緩め着衣の内側から脇の下にも触れてみるが、汗をかいてはいない。

眠りが深いうちはろくに水分も受け付けなかったので、脱水してきているのだろう。

俺はカイルが眠るベッドの脇に腰掛け、カイルの上半身をほんの少し抱き起こした。姿勢を変えられた苦しさからか肩の傷み

からか、かすかにカイルの表情が歪む。今はそう眠りも深くないらしい。

反対側の手に持っていた蒸留水の瓶に口をつける。そして口移しでそのよく冷えた水をカイルの熱い咥内に少しずつ流し込む。

触れているカイルの渇いた唇がやけに熱く感じる。

咥内に液体を流し込まれた感触に一瞬眉が顰められ、そしてその水を飲み下す。唇を離すと微かにその唇から溜息が

漏れた。

再び水を口に含むとカイルの唇に自分のそれを重ねる。

少しずつ…少しずつ…

与えられた液体を飲み込む度に、白い喉が微かに上下するのが見える。

だが瓶の中身を4分の1も与えないうちからカイルの表情が苦しげになり、俺はそこで水を与えるのを断念した。

 

腕の中で、与えられた水で濡れたカイルの唇が赤く光っているのが目に入る。

その艶を与えられ薄く開けられた唇に、一瞬俺の心臓が跳ね上がったのが自分でもわかった。

その口元に目線が釘付けにされる。…そして俺は吸い寄せられるように再び唇を重ねた。

濡れた唇は柔らかさを取り戻し、水を与えても尚熱で熱い唇の感触に頭の奥が痺れる…。

与える液体の代わりに上唇と咥内の境目を舌でなぞってやると、何処となく小さくカイルの身体が反応する。そしてそのまま

舌を咥内に滑り込ませ、カイルのそれを絡め取る。

 

「…ぅ…」

 

舌を吸い上げると喉がくぐもった音を出す。

…熱い…

唇も咥内も舌も、抱いているこの身体も…。そしてその熱が俺に染ったかのように、俺自身が熱い…全身が熱くなる。

カイルの身体を抱きなおそうとして…

 

――タプン。

 

持っていた瓶の中身が跳ねる音で、一瞬にして俺は我に帰った。

 

いい加減、俺もヤバイところまできてるな…。

 

このままカイルを抱いてしまいたい衝動を押し殺しながら、無理やり己の上体をその身体から離す。

再びカイルをベットに横たえて、出来るだけその姿が視界に入らないようにベットから離れると、そのまま足早にバスルームへと

直行した。

頭から水でも被らないとやってられない。

途中、キッチンに置いた氷水の張った容器の中に、乱暴に中身の残った瓶を投げ入れた。

 

バスルームの青いコックを勢いよく捻ると大量の水が頭から降り注ぎ、一瞬全身がその冷たさに引き締まる。

暫らく水を頭から浴びながら、今まで感情とも考えともつかない何かが頭の中をうるさくまわっていたものが、少しずつ

収まってきたのが自分でもわかった。

そのまま全身に篭った熱をも洗い流してしまえたらどんなに楽だろうか。

壁に両手をつき足元へ視線を落とす。

自分の額から滴り落ちて排水溝へと飲み込まれていく水の流れを、焦点も合わさずにじっと見ていた。

完全に自分がコントロールできていない。きっとサンドリアに戻ってきてからも色々と考えていて、あまり頭が休まらなかったの

もあるのだろう。

 

――疲れてるだけだ…。

 

実際「考える」事には疲れてきていた。

いくら一人で考えたところで答えが出るわけもなく。ただ感情と思考の繰り返し。

 

大きく溜息を一つ吐き、シャワーの水を止める。

降り注ぐ水と身体の中の熱はほぼ収まったが全身が気だるい。

未だ髪から、肌から滴り落ちる名残の水。ぱたぱたと床に落ちるその音が静かになったバスルームに響いて、妙に耳につく。

他に聞こえるのは自分の呼吸音と心臓の音だけ…

その音を聞きながら、俺は暫らくそこから動けずにいた。

 

どの位、そうしてじっとしていただろうか。

脱衣場へ上がる頃には、濡れた身体に残る水滴も殆ど落ちてしまっていた。

だるい身体に洗いたてのクロークを着る。

飲みかけにしてあった水の瓶に口をつけ、自分の喉を潤していたその時。

 

ガタン!

 

何か質量のあるものが落ちる音と小さく声が聞こえたような気がして、音のしたほうへと向かった。

 

「…カイル!」

 

そこにはベッドの横で肩を押さえて蹲るカイルの姿があった。

カイルが目を覚ました事よりその蹲る姿に驚かされて、慌ててその傍に駆け寄る。

 

「肩を打ったのか!?」

「……よかっ…た…」

 

微かに聞こえるくらいの細い声が漏れる。

蹲ったままで表情は見えない。

 

「…どうした?」

 

何がよかったものか。

こんな弱った体でベットの脇に蹲って…。

 

「…居て……くれてたん…だ。」

 

――俺の事か!?

 

そう言って俺に向けられた青い瞳は今にも泣きだしそうな色をしていた。

その視線を受けて…再び俺の中で暗い何かが蠢きだす。

 

「ああ、ちゃんと傍に居る。」

「…気がついたら……あなた…居なくて、ここも見覚え…が…無くて…」

 

そう言えば、自国のモグハウスに連れてきたのは初めてだったかもしれない。

それで不安になって起き出そうとしたのか…

 

それだけ喋っただけなのに、息が上がりカイルは既に苦しそうだった。カイルの表情が力なく弱まる。

二日間寝たきりで熱は出しっぱなし、食事も口にしていないのだから当然だ。

俺は未だに蹲ったままの姿勢のカイルをゆっくりと抱き起こした。

 

「…立てるか?」

 

小さくコクリと頷くカイル。

右腕を俺の肩に回させて、立てるようにサポートしてやるが、殆ど力が入っていない。抱き上げてしまった方が早いのだが、

何故だかその時はそれを少し躊躇った。

 

ゆっくりベッドへ移動させ、再びカイルを横にさせる。

 

「…ありがと…」

「いいから、もう喋るな。」

 

軽く指でその口を塞ぐように合図する。

そしてそのままベッドから離れようとしたその時…その手の袖口をカイルに掴まれていた。

振り返るとカイルの不安気な瞳が揺れている。

 

「…何処かいくの?」

 

体力も落ちているから一人になるのが不安なのだろう。

…けれど、今の俺はとにかくその場を離れたいという衝動に駆られていた。

 

「買出しに行ってくるだけだ。…寝ていろ。」

 

裾を握り締めていたその手をやんわりと外し、毛布の中に仕舞いこむ。

 

「ここに水を置いておくから、マメに飲んでおけよ。」

「………うん…」

 

そう言って、サイドテーブルに新しい水の瓶を置く。

本当は買出しなんて後でもかまわない事だった。さっきまで行く気もなかったし。

こんなところに水を置いておいたところで、多分喉が渇いて苦しくなるまでは手を出せないだろう。今は体制を変えるのだって

一人じゃ苦しいはずだ。

…そんな事もわかってるのに……。

 

今までなら…こんな状況で、あんな顔をされて、あいつを放ってなどおけなかったのに。

 

 

――俺の中で何かが確実に変わり始めていた。

 

 

 

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