『 オ 前 ニ 必 要 ト サ レ ル 事 デ … 』

 

 

 

確かにあの人はそう言った。

 

その言葉が俺の狂気に火を付けた。

それは俺自身にとっても意外な事だった。

 

誰かに…必要とされることで?あなたは救われるの?

 

じゃあ。

それは俺じゃなくてもいいんじゃないの…?

俺以上にあなたを「必要」とする人が現れたら、あなたはその人を選ぶって事?

 

誰もそんな事は言ってない。

そんな事は分かてる。

そうじゃないんだと。

 

だけど…

一度火の付いた狂気は消せない程に大きな炎となって俺を焦がし。

俺は止める事が出来なかったんだ。

俺自身を。

 

 

 

二年前に愛するヒトを亡くした。

そしてその一年後にその事実に押しつぶされて自殺した。

はずだった。…失敗してしまったけど。

 

最初は俺をあのヒトから引き離したラウールとロッシュが憎かった。何故あのままにほって置いてくれなかった

のか…と。もう直ぐそこまで来てたのに。あのヒトの傍まで。

 

俺はまだおかしいのかな…?壊れてるのかな?憎かったはずのラウールが好きだなんて…

何度もラウールに抱かれるうちに、俺はさらに壊れたのかな…?

俺を愛してくれた、俺が愛したあのヒトを今本気で忘れようとしてる。

あのヒトを本気で裏切ろうとしてる。

あり得ない。

 

…アリエナイ。

 

 

それじゃ、この思いは一体なんなんだろう?

ラウールを思うとこんなに胸の奥が体中が熱くなる。

ラウールの側に居ないだけで胸がこんなに押し潰されそうになる。

苦しくて、苦しくて、苦しくて、クルシクテ…

 

叫びそうになるのは「ラウール」って言葉。

それはあのヒトの名前じゃない。

 

もうこれ以上独りのままじゃ居られない。

もうこれ以上壊れるのは耐えられない。

もうこれ以上…俺を苦しめないで。

 

…もう俺を解放してよ…

 

 

 

俺はラウールが寝入るまで待った。その間、どんなに時間を長く感じたか。

でも、焦っちゃいけない。確実にラウールが眠りに落ちるのを待たなきゃ。これを最後にするために。

 

ラウールの寝息が規則正しくなり、耳元で小さく名前を呼んだけど反応が無いのを確かめて、俺はそっと

ベットを抜け出した。

 

赤魔道士のアーティファクトのクエスト以来袖を通す、白魔道士のアーティファクト一式。

ああ、でもそう言えば装備できる年齢は過ぎてるけど、赤AFのシャポーはまだ取ってないんだったな。

フェ.インへ行くのを避けてたから。

この白魔道士特有の白と赤のコントラストが鮮やかなAFも、その前はいつ着たのかさえも覚えてないや。

腕も鈍ってるだろうな…。魔法も片手棍の技も。

一度は最高レベルまで上げた白だけど、ラウールに拾われるまでの一年間でレベルも下がっちゃったて、

今じゃリレイズ3も使えない。

こんな事に位しか、ここまで育てたジョブも使い道がないなんて、ちょっと情けないくて自分で失笑してしまう。

 

ポケットの中に手を入れる。

片方だけのピアスが一つ。そして油紙の小さな包みが一つ。

確かめて上からぽんとポケットをたたく。

 

「今度はちゃんと戻ってくるから。」

 

寝ているラウールの耳元で小さく囁く。

そしてその浅黒く暖かい頬にそっと口付けをした。

 

「…行ってきます。」

 

浅くゆっくりとした寝息が俺の耳には聞こえていた。

 

 

俺は部屋を出ると極力音を立てないように、そっとドアを閉めた。

そして足早にモグハウスを後にして、門を出たところで速攻でテレポヴァズのスペルを唱えだす。

肩の力を抜いて、呼吸を整えながらスペルをつむぐ。でも、内心俺は焦っていた。

俺の勘が「急げ」とさっきから告げている。

おそらく俺が居ない事に彼は直ぐに気が付くだろう。そして必ず追ってくる。

一秒でも早く移動した方が俺には都合がよかった。

俺自身の手でケリをつけるために。

ラウールを失わないために。

 

ラウールが追って来てしまったら、依存心が出てきそうで怖かった。…だから急がなきゃいけない。

 

人通りの多いモグマウス前の道の真ん中。スペルを詠唱中に何度か通行人と肩が触れるが、幸いそれ位じゃ

魔法は中断されない。

スペルの詠唱が終盤にさしかかるとゆっくりと視界がゆがみだし、やがて浮遊感と共に全身は白く光に

包まれる。

 

テレポが明けると、そこは吹雪の真っ只中だった。

ただ真っ白な視界の中に青く光るテレポポイントのクリスタルが光っている。

どっちらから吹いているのかも分からない程荒れ狂う風と雪に、息は苦しく目は開いていられない。

片手はミトンで鼻と口を覆い、もう片手で視界を確保しようと風除けをしてみるものの、さほど効果は

なかった。

でも、こんなところで足止めされてる時間なんて俺にはない。

とにかく足を進めるしかなかった。

昔から金策だなんだとよく通った道。どんなに視界が悪くても迷子になる事は無い。

それになんとなく誰かに呼ばれてるように感じてるから。呼ばれてるのが聞こえてるんじゃなくて

…わからないけど。でも感じる。

まるで起きているのに夢を見ているような、何かがはっきりしないような感覚に俺は被りを振った。

 

一年前のあの日と同じだ。

やはりあの日も視界が効かない程の猛吹雪だった。

精神も肉体も既にボロボロだった俺は何かに取り付かれたようにフェ・インを目指していた。

…けれど何故その時フェ・インに向かおうとしたのかとか、本当に自分の足でフェ・インまで

たどり着いたのか。はっきり覚えてない。

気が付けば俺はフェ・インでもシャドウの居る部屋まで来ていたんだった。

 

どれ位歩いただろう。

吹雪の中を歩き詰めで寒さと疲労感から時間の感覚なんてもうとっくになかった。

足が鉛のように重い…。なのに俺の意思なんてお構いなしかのように足は確実にフェ・インへと

向かっている。

何かに導かれるままに歩みを進め、いつの間にか俺はフェ・インの白い塔の前まで来ていた。

吹雪く雪の中に見え隠れする巨大な塔。

呪われた地…「フェ.イン」。

 

塔の中は、やはりあの日と同じ闇支配だった。

元々薄暗い塔の内部ではあるけど、いつもよりも光が影を潜め闇の色が濃い。こんな時はろくな事がない。

でも…今の俺が言う事でもないかな。今からする事が「ろくな事」なわけもないし。

 

ポケットの中からピアスを出す。特に特徴の無い小さな石のついたピアス。

俺とあのヒトには特別だったピアス。そのピアスを左の耳のピアスホールに通した。

 

 

 

 

「何これ?」

 

大きな掌に小さな石が一つ。

二つの小さな粒が重なったような独特の形をした石だ。

 

「ある種の原石だよ。無垢なものはもう珍しいんだそうだ。」

 

そう言ってガルカが手渡してくれたその石は、俺の手の中で小さな音を立てて二つに割れた。

 

「お、生まれたな。」

 

小さな声でガルカは言った。

 

「それでピアスを作ってやろう。」

「ピアス?」

「絆の証として、かつてミスラ達が使ったってあれだ。あんたも大事な人と逸れないように、お互い

片方づつ持つといい。いいお守りになるだろうよ。」

 

 

 

 

お守り…?そんないいもんじゃなかったじゃないか。合成だって間違ってたくせに。

あのガルカ、ずいぶん適当な事言ってくれたよな…。

 

昔の事を思い出してふっと笑いが込み上げてきた。

でも、その笑みは長くは続かなかった。俺に余裕がなかったから。

さっきから意識が持っていかれそうな程強烈に眩暈がしていた。

 

やば…吐きそう。

 

俺は立っていられなくて、壁に寄りかかるようにしゃがみ込む。

以前より酷くなってる。前はこんな共鳴の仕方なんてしなかったのに。

たまらず、俺はピアスを外した。

眩暈から解放され、俺は安堵のため息をつく。

そして手の中のピアスをじっと見詰めた。

 

…腹が立つ。

こんな石っころにまで俺の心が見透かされてるみたいで、むかついた。

対を持つあのヒトを裏切ろうとしている俺を、まるでこいつまで拒絶してるみたいじゃないか。

 

急に胸の奥から恐怖感が込み上げる。

世界中に俺だけ取り残されたような孤独感に襲われて、俺は自分のAFの胸元を握り締め苦しさに蹲る。

誰からも何もかもからも拒絶され、全て失うんじゃないかという恐怖感。

俺がやろうとしている事への罪悪感なのかな。

…誰に対しての罪悪感?

あのヒト?それとも…ラウールに対して?

 

怖いよ...。

 

「…ラ…」

 

一瞬口をついて出てきたその言葉を飲み込んだ。

駄目だ。今、その名前を口にしたら挫けそうになる。涙が出そうになる…。

そんな自分が情けなくて、腹が立って、俺は歯を食いしばると力いっぱいピアスを握りこみ、その拳を

壁にたたきつける。

その渇いた音がフェ・インの薄暗い空間にただ虚しく響き渡っていた。

 

俺は白魔道士だ。

やるべき事をしに来ただけだ!

 

自分に言い聞かせる。

一年前に勇気も知識もなくて出来なかった事を、今しに来ただけなんだと。

それが精一杯だった。

 

 

暗い道を進む。

時々すれ違うコウモリの羽音が聞こえる程度の音しかそこにはなく、自分の足音がやけに大きく

聞こえて気持ちが悪い。

 

そして歩みを進めたその先に…シャドウが居た。

少し開けた小さな部屋状の空間に、二体。

…でも違う。こいつらじゃない。

あのヒトが近くに居れば絶対に分かるはずだ。

自分自身に一通り強化魔法を自分にかけると、俺はダークモールを構えた。

 

一体何体のシャドウを倒しただろう…?

MPの消費が思ったより激しい。

連中の攻撃力はそれなりに強く、特に暗黒タイプだとストンスキンの持ちが悪い。

バニシュを打ち込みヘキサで叩きのめし。ヒーリングをしてはまたふらふらとシャドウを探して…。

 

きりがない。

どこかに要るはずなのに。

やっぱり…あれに頼るしかないのかな…

 

ポケットに仕舞っていたピアスを再び取り出す。

身に付けていなくても、ピアスが何かに引かれる力が強くなっている事だけは分かる。

近い事は確かなのに。

 

「…ガーウィン、どこ?」

 

あのヒトの名前を呼んでみて、長い間その名を口にしていなかった事に今更ながら気付く。

懐かしい感じがした。

…こんな時に、俺って馬鹿だな。

 

俺は大事に仕舞ってあったもう一つ、油紙の包みを取り出した。

その中身を口の中に放り込み、氷のような感触のその小さな結晶を舌根に仕舞いこむ。

そして、再びピアスをつけた。

 

「…くぅっぁ…」

 

視界が歪むほどの眩暈。

 

『ココニ居ルノニ…分カラナイ?』

 

声がする。

 

『カイル…俺ハココダ。迎エニ来タヨ。』

 

頭に響く声。

この声を俺はよく知ってる。

懐かしくて…愛しい声。

ダメ…眩暈で思考がはっきりしないくて。懐かしさに引きずり込まれそうになる。

今の俺はその懐かしさに浸りに来たわけじゃない。もう以前のようにそれに浸れないんだ。

 

「やめて!」

 

殆ど毟り取るようにピアスを外す。

耳朶にチリっと痛みが走ったが、眩暈から頭を覚ますには丁度よかった。

声は直ぐそこから聞こえていたように感じた。

そして、俺は恐る恐る振り返る…

 

…後ろだ。

 

そこにはいつの間にかポップしていたシャドウが居た。

両手剣を構え、チュニックのフードを深く被ったシャドウ。

 

「ガーウィン…」

 

エルバーンの姿。闇のように黒い肌。その中に光る血球のような真っ赤な瞳。

こいつはガーウィンなんかじゃない。

でも、確かにこいつの中に居る。彼が居る。

 

「会いにきたよ。」

 

手に持ったピアスを差し出すと、シャドウはゆっくりと構えていた剣を降ろした。

 

「…カ…イ………ル…」

 

「そう、俺だよ。ガーウィン、わかる?」

 

禍々しく真っ赤に光る瞳と視線が合い。ただ、じっと見詰め合う。

俺はゆっくりとシャドウに近寄り、左手に持っていたホーリーシールドを床に投げたした。ガランっと

無機質な音がして、盾が床に転がる。

そして空いた両腕をゆっくりとシャドウの首に回す。

ラウールより少し背が高いや…

ふっとそんな事が頭を過ぎる。

 

「…俺がアルタナの元へ送ってやるから。」

 

ゆっくりとシャドウの頭を引き寄せる。

シャドウの顔には表情は無く、俺の目を覗き込む赤い瞳があるだけだった。

ただ、されるがまま抵抗もしない。

…俺が何をしようとしているか知らない、哀れなシャドウ。

 

あと少し…これを…飲ませてしまえば後は…

 

 

「カイルッ!」

 

後ろから不意に呼ばれて俺の心臓は一瞬にして凍りついた。

この声は…ラウール…?

…うそ。こんなタイミングってあり…?

 

シャドウの首から手を離し…そして恐る恐る後ろを振り返る。

そこには青い鎧を身に纏った、見慣れたエルバーンの姿があった。

その顔は信じられないものでも見たかのように目を見開き、固まっている。

 

「…ラ…ウール…」

「そこで…何をしている?」

 

強張ったその言葉に、コレは誤解だとはっきり言えればどんなに楽だったろう…。

だが、俺からシャドウの頭を引き寄せまさに唇が触れんばかりに近寄っておきながら、そんな言葉を

口にしてもどんなに説得力が無いかくらい、俺にだって想像がついたし。

…それにそんな風に往生際が悪いようなマネはしたくも無かった。

これ以上惨めになるのはごめんだ。

 

これでもう、何もかも終ったかな…

 

以外だなぁ。今まではあんなにラウールに見放されるのが怖かったのに、いざその時が来ると案外

落ち着いている自分が居て。

なんだかとても不思議だった。

 

「ごめん…ラウール。黙って出てきて…」

「そんな事を聞いてるんじゃない!」

 

ラウールが声を荒げた。

ああ、そうだね、そんな事が聞きたいんじゃないよね。

昨日もそうやって怒鳴られたっけ。

俺ってラウールを傷つけてばかりなのかな…

裏切るような事しておいて、何考えてるんだろう、俺。

 

自分の愚かさ加減に笑いが込み上げる。

 

「…分かってる。けど何ていえばいい?こんなところ見られといて、俺に言い訳でもしろって?」

 

その言葉に、ラウールの表情が一層険しさを増す。

何かを失うのを怖がっているより独りになった方が楽かも…

一瞬浮かんだそんなろくでもない考えが、俺に余計な事を言わせていた。

 

これじゃラウールに拾われる前と同じだ。…結局俺って、この一年間何も変わってなかったんだ。

そうさ。ラウールだって俺と切れれば元の生活に戻れるんだ。もう、これ以上俺が彼を束縛していい訳がない。

俺はただの拾われ物。ラウールだって直ぐに忘れるに決まってる。

 

「お前…!!」

 

ラウールの表情が怒りで歪む。

その表情が俺にはとても哀しく見えた。

今まで一年間、壊れた俺を見守ってきてくれた人を俺はこんな風にしか愛せないのかな。

いや、もしかしたら愛してさえいなかったのかな?俺がそう思い込んでただけだったのかもしれない。

分からない…「俺」が分からない…

 

そして、一瞬放心していたその時だった。

俺はいきなり後ろから羽交い絞めにされた。

 

「な!?」

 

いきなりの事で、俺にも何が起きたのか分からなかった。

 

「……渡サナ…イ…」

 

耳元で低く耳障りな声とも音ともつかない機械的な台詞が聞こえる。

シャドウの片腕で、俺は両腕ごと締め付けるように身体を持ち上げられていた。

 

「離…せ!」

 

容赦なく力任せに抱えられて自由が利かず、シャドウの腕から抜け出せない。

精一杯もがいてみたがシャドウはびくともしなかった。

苦しい…。

 

「カイル!?」

 

俺の慌てた様子にラウールが剣を抜くのが見える。

ああ、馬鹿な人だな。この期に及んで、まだ俺の心配してるの?

 

ラウールがフラッシュを唱える。

 

「ガーウィン、貴様だな?相手になってやる!」

「ラウール!駄目!!」

 

ガーウィンは生前、ラウールと友人だったと聞いてた。

そんな二人を俺が争わせるのか?

駄目だよ!やめて!

 

シャドウが勢いよくラウールに向かって行く。

そして、シャドウが両手剣を構えたと同時に俺は床に叩き付けられるように投げ出された。

 

「うッ…!」

 

左肩を石の床でしたたかに打ったが、そんな事を構ってる余裕はなかった。

俺の後方で大きな金属音が響く。

音がした方を振り向くと、シャドウが振り下ろした両手剣をまさにラウールが盾で受け止めていた。

俺は床に転がしていたシールドを拾い上げると、二人の方へ走る。

 

そして、ラウールがシャドウに向けて剣を振るったその正面に飛び出した。

 

ガシィィ!

 

剣の刃が金属板を擦る嫌な音がして、さっき床で打ちつけた肩に激しい痛みが走る。

シールドでラウールの剣を受け止めたものの、盾スキルの低い俺はその衝撃で見事に後ろへはじかれた。

 

「バ…!何をしてる!?」

「…駄目!俺がやるんだ!」

 

俺は身を起こすとスペルを唱えた。

左肩に力が入らない…。

 

「パライズ!」

「…カイル!?」

 

間髪入れずにグラビデ、サイレスと立て続けに唱える。

弱体の対象は、ラウール。

そしてシャドウはバインドで動きを封じる。

 

「これしか方法がないんだ…。シャドウをただ倒してもガーウィンはここからは解放されない。

結局同じことを繰り返すだけなんだよ。」

 

ラウールからすれば、当然俺がガーウィンを庇ったようにしか見えないだろうな…。

言い訳をしているみたいで、本当はもう何も喋りたくなんてなかった。

でも、このまま黙ってラウールを裏切るようなマネなんて俺には出来ない。

 

何か言おうとしているラウールだったけれど、サイレスで声がかすれて言葉にならないらしい。

険しい表情。何度かラウールの怒りの表情を見たことはあったけど、でもこんなに俺を責めるような顔は見たことが

なかった。

その激しい罪悪感に一瞬足がすくむ。

もう二度とラウールはあの優しげな笑みを俺に向ける事は無いのだろう。

目をあわせられない…。

それでも。

 

「俺がやる。でなきゃ意味が無でしょう?」

 

ラウールに背を向けて。俺は腹をくくった。

 

「…ごめんね、ラウール。」

 

ラウールはどんな表情をしてたんだろう?

俺にはそれを見る勇気さえなかった。

 

握り締めたままだった片方しかないピアス。それを再びシャドウの方へ向ける。

俺がピアスを近づけるにつれ、構える剣の力を抜いていくシャドウ。

 

「ガーウィン、アルタナの元へ行こう。」

「…カ…イル……一緒………」

「…」

 

シャドウの前に立ち、再び俺はシャドウの頭をゆっくりと引き寄せる。

 

ラウールが見てる。

そう思うと胸が張り裂けそうだった。

たまらず目尻から熱い雫が一筋頬をすべり落ちていった。

 

真っ赤な瞳が俺を覗き込んでくる。心まで凍りつきそうなほど冷たい瞳だった。

そして血の気とは無縁な黒い唇に自分の唇を重ねる。

しかし、その感触は想像していたものとは違っていた。その氷のように冷たい唇に背筋に寒気が走る。

 

生きた者の感触じゃない。

 

唇を重ねて改めてその死者の感触に恐怖する。

それでも、俺がその唇の隙間に舌を滑り込ませると、冷たいシャドウの舌が俺のものを絡め取ろうとその動きに

応えてきた。

その舌の動きは…覚えがあった。この死者の中に捕らわれたガーウィンが確かにここに居るんだと実感させられ、

眉間に皺が寄る。

 

こんなに冷たい感触なんかじゃなかったのに…。

 

鼻の奥がつんとして、また涙がこぼれそうになる。けど、意識を散らして強引にそれを引っ込める。

 

我が女神アルタナ…。

死んで尚苦しみの中に居る彼をお救いください。

今度こそ、彼があなたの元へたどり着けますようお導きください。

 

白魔道士として祈りを捧げる。

 

俺は口の中に含んであった小さな結晶を、その闇色の咥内の奥へと送り込んだ。

そしてゆっくりと唇を離す。

冷たく黒い唇はまだ名残惜しそうに少し俺を追ってきたが、たしなめるように軽くキスを返してすっと体ごと引いた。

 

効果があるかどうか。試した事なんて無いから分からない。

でも、これに賭けるしかなかった。

聖水の結晶なんて、師範クラスの錬金術者だって知らなかった如何わしい代物だ。

効果があればシャドウの再生の輪を止める事が出来るとある文献にあったけど、実際に試したって人は

居なかったし。

でも、それが真実ならばガーウィンをこの苦しみから解放する事もできるはずだった。

 

シャドウから身体を離し、その顔を見上げた。真っ赤に光る瞳が、やはり俺を見下ろしていた。

そして…一瞬間があって、シャドウの体が強張るのが分かった。

 

「…ウガァァァ!!」

 

地獄の底から聞こえるような低い叫び声を上げると、シャドウは咽喉を押さえて後ろへ仰け反った。

効果があったらしい。

すかさず俺は腰に下げていた片手棍を構えた。

 

「バニッシュ!!」

「ゥグアァッ……ガイィルゥゥァァアア!!」

 

シャドウに神聖魔法バニッシュを叩き込むと更に苦しげな声を上げた。

それでも俺の腕を掴もうとしてきたシャドウの手を払いのける。

 

「駄目だよ!俺はもうあんたと一緒には逝けない!一人で逝って!!」

 

その言葉を待っていたかのように、シャドウは手にしていた両手剣を俺に向けてきた。

巨大な黒い剣が真上から振り下ろされる。その剣を盾で防ごうと身構え、正面から受け止める。

が、片手剣とは比べ物にならない両手剣の衝撃の重さに肩が悲鳴をあげた。

 

「ぐあぁ!」

 

痛みに一瞬意識を持って行かれる。骨か関節が逝ったかな。

でも、MPは満タンだったわけじゃない。節約しておきたくて、俺は自己ケアルをしなかった。

これくらいじゃ戦闘不能になんてならない。最悪盾なんて要らない。腕がもげても後から治せばいい。

 

そしてこの時のために取っておいたTPに、渾身の力を込めてウェポンスキル・ヘキサストライクを放つ。

ダークモールをめいっぱい左右に振り下ろすと派手な爆音に似た衝撃が起こり、シャドウの体にダメージを与える。

だが、これだけでシャドウを倒す事は出来ない。

間髪入れずにバニッシュ系を唱えられるだけ叩き込み、最後にはホーリーも放つ。

その間に何度も両手剣を振り下ろされ、俺は避けきれずに少しずつ身体に傷を負っていた。

 

…後少し。

最後はせめてアルタナの慈悲で…

 

 

 

「ケアルV…」

 

 

 

シャドウの体が大量の癒しの光に包まれる。

死者にとっては破滅の光。

 

「今度こそ、さようなら…ガーウィン」

 

最後の別れを告げる。

と、光の中で消え行くシャドウが一瞬微笑んだように見えた。

それは見覚えのある笑顔…。

そして、その唇だけが動いて。

 

『愛していたよ…』

 

と、言ったように俺には見えた。

そんな事、今更言わなくたって知ってるのにさ。

ほんと最後までちょっと抜けてるんだから、ガーウィンは…

 

光の中で昇華されていくシャドウ。実際にはほんの数秒で消えていったその様が、俺にはとてもスローモーに

見えていた。

ガーウィンが消えるこの瞬間が来たなら、きっと俺は泣くんだろうと思っていたのに…

不思議と涙は出なかった。

そしてシャドウが視界から完全に消えると、その後に小さく硬いものが落ちる音がして、床に視線を向ける。

 

ああ、やっぱりこいつが持ってたんだ、俺の持っていたピアスの片割れを。

 

 

 

 

そして俺の中に残ったものは、やっと終ったという安心感と…

 

ラウールに対する強烈な罪悪感だった。

 

 

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