それから一年が経った。

今、俺の横にはその時の白魔道士の彼が居る。

 

 

 

「ラウール、お茶が入ったよ〜」

 

彼の名はカイル。

当時、精神を病んでいた彼を立ち直らせるために始めた奇妙な共同生活は、彼がほぼ立ち直った今でも

続いていた。

ベットの中で目が覚めた俺の鼻腔を、セージのいい香がくすぐる。

 

「ラウールってば、起きて。俺、もう出かけるよ?」

 

目覚め際の浅い眠りを楽しんでいた俺の額に暖かくて柔らかいものが触れる。

それがカイルの唇だという事は直ぐに知れた。

目を開けると目の前にアイスブルーの瞳があった。

 

「ほら、お茶と食事は準備したから。冷めない内に食べて。」

「ん〜…今日もレベル上げに行くのか?」

 

まだ起ききっていない頭を軽く振って、俺は身体を起こす。

そしてカイルと朝の口付けを交わす…

 

俺はここに居る。カイルの側に居る。

それをカイル自身に実感させるための儀式のようなもの。

しかしそれは、今では俺自身の為の儀式となりつつあった。

 

「孤独」に対して人並み以上の恐怖感を持つカイルに、この一年間俺が出来る事は何でもした。

最初はろくに食事も咽喉を通らず、深い眠りにつく事すら出来なかったカイル。

常に自分では正体の分からない恐怖感に襲われていて、身体を縮こめて泣く事すら出来ない状態だった。

その頃のカイルは目を離すと直ぐに部屋の隅で小さくなっていた。

 

きっかけはかつてカイルの相棒だったそいつの死。2年前の話だ。

後から知ったが、それは俺の友人でもあった人物だった。

そいつは病が原因で亡くなったのは聞いていた。が、彼に相棒がいたことは知らなかった。

そいつが亡くなって以来、カイルは人を受け付けられなくなってしまっていたらしい。闇雲に一人で生きようと

突っ走った生活を続けていたが、元々ソロに向いたジョブでもない白魔道士。独りであることにカイル自身が

耐え切れなくなっていた。

 

あの事件以来、できる限りの時間をカイルと共に過ごした。

頭の中がループして半狂乱のカイルを無理やり抱いた事もあった。こいつが眠る事ができるならと…。

そしてカイルもそんな俺でも甘えてくるし、そして俺だけを必要としてくれた。

 

…俺はそれが心地よかったのかもしれない。

 

いつかは終るかもしれない、終らせないとならない関係。

カイルが完全に立ち直れば、一人で立てるようになれば俺は必要なくなるだろう。

今は俺だけの、俺だけを必要としてくれるカイルはいずれ居なくなるのだ。

 

だがそれが本来あるべきあいつの姿なのに…

俺はそれを素直に喜べないで居る。この先の事を考えて、今度は俺が独りになるのを恐れて。

自分がこんなに心の狭い、浅ましい奴だったとは知らなかった。

潔くあろうとする自分に、逆にどす黒い本性を思い知らされて腹のそこから反吐が出そうになる。

 

最近、よく夢を見る。

それはカイルの後ろ姿。

自立して自信に満ち立ち振る舞う白魔道士の姿をした彼。

そして振り向いて、笑いながら俺に言うんだ。

 

『さよなら、ラウール。今までありがとう…』

 

 

「…最近調子悪いんじゃない?」

 

カイルの声に我に返る。

心配そうに俺の顔を覗き込んでくるカイル。

あまり表情は面に出ないと言われる俺だが、特に負の感情の反応に敏感なカイルには隠し切れない。

カイルを不安にさせまいと、俺は首を横に振る。

 

「お前こそ、ここのところ狩りに出ずっぱりだろ?何故そんなに急ぐんだ、身体を壊すぞ。」

「いいの、少々身体が壊れる位で。その方が何も考えなくて済むし、結果的には楽なんだ。そんな事より、俺は早く

あなたに見合うだけの赤魔道士になりたいの。」

 

そう、カイルは今赤魔道士のレベル上げに余念がない。

ナイトがメインの俺と白魔道士のカイル。

ナイトと白魔道士では「被る」部分が多い。というよりも、白魔道士が得意とするケアルも神聖魔法も

強化魔法の一部もナイトだと使えてしまう。

二人だけでタックを組むのであれば、ナイトは白魔道士よりも大砲である黒魔道士かMPヒーラーの

赤魔道士の方が相性はいい。

…これからも俺と一緒に居るために。

その為にあいつは今までサポ程度にしか上げていなかった赤魔道士を上げ始めた。

それを知ったとき、俺は嬉しかった。

 

でも…

そうして一人で頑張っているカイルを見ていると不安になる事がある。

このまま自分の世界を見つけて、俺から離れるのではないのかと。

 

「お前、疲れてる自覚がないだけじゃないのか?」

 

自分でも眉間に力が入った自覚があった。

俺は何を言っているんだろうか?

カイルを心配してる様な事を言いながら、俺は何をしようとしている?

 

「今日は止めとけ。昨日帰ってきたばかりだろうが。」

「え…でも、俺。もうパーティーの誘いを受けちゃったんだよ。」

 

俺の様子に戸惑うカイル。

 

「断れ。なんなら俺がパーティーリーダーに掛け合ってやる。」

「…今日はどうしたの?ラウール、怖いよ…」

 

既に装備も整えて出かけるだけの状態のカイルの腰に手を回し、中腰で俺を覗き込んでいた彼の身体を

強引に引いてベッドの中に連れ込む。

 

「わ!な、何するのさ!」

 

慌てて俺を押しのけようとするが、ヒュームとエルバーンの体格差。しかも腕力の差も歴然。

 

「今日は俺の側に居ろ…」

 

カイルの栗色の髪が俺の頬をくすぐる。その髪からシャンプーの香りがかすかにした。

カイルに触れて居たくて、離したくなくて背中から抱きしめるように更に腕の力を入れる。

そのまま少しの間俺がじっとしていると、俺の腕の中でもがいていたカイルの身体から力が抜けたのを

感じた。

案外簡単に抵抗するのを諦めたカイルに驚いて、俺は後ろからカイルの顔を覗き込む。

その口元は笑っていた。上目遣いに俺を見詰めて、そして…

 

「交換条件。冷めない内にサンドリアティーを飲んでくるなら、パーティーを断ってもいいよ?」

 

そして持っていた盾と腰のサーベルをベッドの脇から器用に床へ落とす。

腕の力を緩めると、その腕の中でカイルは身を捻って向かい合わせになる。

カイルの腕が伸びてきて、俺の背中に回される。

 

「ラウールから側にいてって言って貰ったの…初めてだ。」

 

俺の胸にカイルの顔が押し付けられる。

 

「…俺が一方的にラウールに頼ってて束縛してるって思ってた…だから嬉しい。」

「いつも言ってる。迷惑だなんて感じた事はないぞ。」

「迷惑じゃなくたって…俺と居てラウールにメリットなんてないじゃないか。俺なんかと居て…」

 

カイルの様子の変化に気が付いて、胸に押し付けられた彼の顔を半ば強引にこちらへ向ける。

不安気に伏せられたアイスブルーの瞳。カイルは目を合わせない。

 

「誰かに何か言われたのか?」

 

最近気になっていた事の一つ。

一人で出歩くようになったカイル、だが彼は未だ不安定な面が多く残されている。

そんな彼が他人の言動にどれくらい振り回されているのかと。

俺は同レベル帯のジョブを持ち合わせていない。だから一緒に狩りに行ってやる事も、モンスターから

もそうだが、何より悪意のある人間から彼を守ってやる事も出来ない。

 

立ち直りかけている今が一番彼にとってデリケートな時期なはずだった。

ここで失敗すれば、再びカイルはあの闇の中を歩くような状態に逆戻りする事にもなりかねない。

 

そんな俺の心配をよそにカイルは首を横に振っただけだった。

 

「じゃあ、何なんだ?自分一人で溜め込むな、ちゃんと言え。」

 

「…確かにきっかけはPTで一緒だった奴の一言だけど…それ自体たいした言葉じゃないし」

 

「なんて言われた?」

 

自分が人の感情や裏のない言葉にまで過敏に反応する事自体が嫌なのだろう。

自己嫌悪。劣等感。自己存在の罪悪感。

カイルがパニックの渦から抜けられなくなる時は、いつもこれがループする。

 

「あんた必死になり過ぎ…って…周りを少しは信頼しろって。軽く笑われただけだったけどね。」

 

PTメンバー同士の信頼関係は一時的に構成されるものだが重要だ。

ジョブの特性があって、その役割を果たしていく、その信頼感。

お互いの癖ややり方に柔軟に対処していく臨機応変さも含めた信頼関係だ。

 

赤魔道士としてのカイルと組んだ事はなかったのでどう「必死」なのか定かではなかったが、おおよその

想像は出来た。

周りを信頼していないのではなくて、多分自分自身への劣等感から自分が出来る事を全て背負おうと

するのだろう。全てを自分で守ろうとしてしまう。

 

それが傍らは自分を信頼されてないかのように映るとすれば、それは人としての自然な反応なのかも

しれない。

 

「なら、お前はもう少し楽をしていいって事だ。気を抜くまいとして必死になってるんだろうが、少々の凡ミスは

お互いカバーさせろと言ってくれたんだろう。」

 

「うん…分かってる。その人は気のいい奴だったし。」

 

「じゃあ、何なんだ?」

 

それからカイルは黙り込んでしまった。

再び俺の胸に顔を押し付け、背中に回されていたカイルの腕に力が入る。

 

「こんな…俺…」

 

泣いているのか…?

微かに肩が震えている。…以前より筋肉も付き、体格はましになったとはいえ細い肩。

ヒュームでも小柄なカイル。

 

「何が心配なんだ…?」

 

いつも何が不安で何が心配なのか、理屈より感情が先走るカイルにはそれを言葉にするのに多少の時間が

必要だ。

が、今日は何か様子が違っていた。言葉を選んでいるのか、カイルはなかなか口を開こうとしない。

そしてしばしの沈黙の後、やっと重い口を開いたカイルの口から出てきた言葉は俺にとって意外なものだた。

 

「良く考えたらさ。俺…赤上げたところで、あなたと一緒に居られる訳じゃないんだよね…」

 

ちょと待て…何でそういう考えに至たる?

俺には理解できない。

それよりも、何故カイルがそんな事を言い出したのか怒りにも似た感情に捕らわれた。

 

「何でそうなるんだ!?」

 

俺は声を荒げていた。

 

「だって!」

 

だが、気遅れる様子も無く勢い良く顔を上げ、俺の視線を捕らえたカイル。

アイスブルーの瞳は深い哀しみと、…そして岐路に立たされた者の目をしていた。

この一年間、こんなに強くカイルの意思を感じる瞳を見たことがあっただろうか?

何故か俺はその瞳を向けられて…嫌なものが胸の奥から込み上げてきたのを感じていた。

 

「俺、必死になりすぎて…ラウール、あなたの事を考えてなかったんだ。」

 

俺の?カイルが何を考えるって言うんだ?

今、この生活で俺は満足しているし…できればこの生活が変わって欲しくない。そんな事まで考えるほど

お前に嵌まってるって言うのに。

 

「あなたにだって冒険者といして、自分のやりたい事もやるべき事もあるはず。なのに…俺はあなたの

優しさに甘えてばかりで、あなたをこんなモグハウスの中に縛り付けて…」

「それは俺自身が決めた事だ。お前の為にここに居ると。お前の側に居ると…」

「だから!それがラウールにとって何のメリットがあるって言うのさ!?俺の為にそこまでしてくれるのは

何故?同情だけならもういいよ!俺はもう一人でもやっていける!!」

 

その言葉は俺を翻弄させるのに十分だった。

同情…?一人でも…?誰が?

既に俺は必要とされていないのか?俺は…用済み…なのか…?

 

俺の腕から抜け出そうと必死にもがくカイル。

簡単に俺の腕から抜けられないと知るや、今度は俺の胸を叩いてきた。

そこまで必死に…

 

…これが絶望というものだろうか…?

何も無い、ただ黒い大きな空間が胸の中にあるような。体中の気力が飲み込まれていく感覚。

 

「あなたの周りには優秀な人たちがたくさん居る。ロッシュも!ラチャも!ほかにも!!なのに! こんな

俺なんかが必死に高位の赤魔道士になったって、あなたに必要とされる訳ないじゃない!!」

「カイルと誰を比べるって言うんだ?俺がそんな事をしたことが一度でもあったか!?言ってみろ!」

「違うッ違う!俺は与えられるだけの存在なんだよ!ラウールには何もして上げられない…ラウールを癒す事も

支える事も何も出来ない!こんな俺には…」

 

そして最後の一言は殆ど絶叫だった。

 

「でも!ラウールが好きなんだ!捨てられるのは嫌ぁぁ――!!!」

 

両手で顔を覆ったカイルの掌の脇から、一筋…また一筋と涙が流れていた。

嗚咽で肩が揺れている。

 

俺がカイルを捨てるだと?

そんな事あるはずがないのに…

 

そこまで頭のに浮かんで。

そしてはたと気が付いた。

カイルを本当に安心させられるのは俺だけなのだと。

そして、俺に「出来る事」を俺はしていなかったのだと…

 

分かっていても「言葉」で伝えなければ確信出来ない事だってある。

もしかしたら、もしこの考えが思い込みに過ぎなかったらと疑い出せばきりがない。それは大事な相手の

事ならばなお更だ。

カイルはいつだって俺を頼って、いつだって俺が必要だと言ってくれていたのに。

俺は…?

逆にカイルが俺から離れて行くだろう未来を恐れて、彼の変化を望まなくなり。

ただ側にいた。それは紛れも無く、俺自身の為。

その事をカイルに伝えた事があっただろうか。

俺には予想できたはずだ。その怠りが、いずれこうしてカイルを不安にさせるだろう事を。

 

 

少し落ち着いたのか、カイルが俺から身体を離してベッドから起き上がる。

 

「…ごめん、いつまでもみっともないね、俺。全然変わってないや…」

 

そして、足元に転がしていたサーベルと盾を拾い上げる。

 

「お茶…冷めちゃった。パーティーに行ってくるよ。」

 

気力のない顔で微かに笑って見せるその姿が痛々しい。

 

「待て、カイル。そんな泣き腫らした目でパーティーなんか行ってどうしよっていうんだ?」

「…皆待たせてるし…行かなきゃ。」

 

表情を変えるでもなく、さらにドアへ向かおうとするカイル。

だが、俺はパーティーにカイルを行かせる気などなかった。

このまま行かせてしまったら、もう二度とカイルが俺の元に戻ってこないような気がして、俺はもう

内心必死だった。

 

リンクパールを装着するとメンバーリストに目を通す。

 

「パーティーリーダーの名前は?」

「え?」

 

今まさにドアノブに手をかけたカイルが驚いて振り返る。

 

「リーダーの名前だ、教えろ。」

「あ…えと…Ricar」

「なんだ、あいつか。なら話は早い。」

 

フレではないが、以前よく野良で一緒になった事のあった知り合い。腕はいいが…少々難ありな奴。

あっけに取られていたカイルを横目に速攻で個人通信を入れる。

そのパーティーリーダーが俺の知るそいつなら…好みは大体想像がつく。

代替品?を見繕うのはわけがなかった。

「お前の代理が決まったぞ。今日のパーティーは休みだ、いいな?」

 

「え?……うそッ、もう!?って、そんな勝手なぁッ」

 

「俺を甘く見るなよ?」

 

この時リンクパールの向こうで騒いでいたロッシュの事などカイルは知らなくていい。

俺は一つ軽いため息をつくとベッドの脇に座り直した。

 

「ほら、いつまで突っ立ってるんだ?さっさと装備を外して来いよ。」

「…うん…」

 

半ば呆気に取られていたカイルだったが、もう狩りへ出かける理由も無くなってしまい、大人しくドアから

離れるしかなかった。

 

俺は冷めてしまったサンドリアティーの入った白いカップを手にとり口をつけた。

さっきまでの妙な緊迫感から解放された後の虚脱感と寝覚めの気だるさが未だに残る身体に、冷めて

いたとはいえセージとメープルシュガーの香りが心地いい。

その香に癒されたくて、俺は大きく深呼吸をする。

俺は両手で抱えるように持った、カップの中の冷めたその液体に視線を落とした。

 

この一年間で俺の生活は大きく変わった。

最初はただ、壊れかけたカイルに身寄りが無い事を知り、放っておけなくて勢いで共同生活を始めた。

確かその時はロッシュに散々に言われたんだった。「人が良すぎるにも程がある」と。

 

カイルのその壊れ様は最初、想像を越えていた。

眠る事もままならず、寝付いても夢にうなされ疲れが取れる様子も無く。2時間も寝ていればいい

ほうだった。

胃は萎縮して物を受け付けず、パンを一欠け口にするのがやっと。そんな彼に翻弄され、俺も途中で

挫けるかと何度思った事か…。

そんな状態で、カイルがあの時どうやってテレポポイントからフェ・インまで歩けたのか不思議なほどだった。

カイル自身もあまりよく覚えていないとは言っていた。

ただ引き寄せられるようにフェ・インに居たのだと。

その後カイルも2ヶ月が過ぎる頃から少しづつ眼差しも柔らかくなり、俺との会話も普通に出来るように

なった。

カイルが始めて笑った顔を見たのその頃だったか。

 

多分その辺りから、俺はカイルを特別に感じている自覚を持ち出したのだと思う。

以前、カイルの夢に度々出てきていた「あいつ」。

「あいつ」がカイルを苦しめているのが腹立たしくて、憎くて…カイルに当たった事もあった…。

その時の罪悪感が未だに胸のどこかで軋んだ音を立てることがある。

多分「あいつ」とカイルは特別な関係だった。肉体関係もあったはずだ。

本人は言わないが、だが…確信はあった。

 

俺のことを好きだと言ったカイル。

だが、カイルの本当の「心」は一体何処にあるのだろうか?

死んだ奴をそんなに簡単に忘れられるのだろうか?

カイルの心を壊してしまうほどにカイルを支配していた「あいつ」。

俺は…思いを残して死んだ奴に勝てるのだろうか…?

 

だが、今実際にカイルの側に居るのは紛れも無く俺なのだ。

カイルが頼れる者は今は俺しか存在しない。

それが真実。

俺が求めるそこに「あいつ」がいたとしてもそれは既に残骸。時間と共に風化していくしかない

存在なのだ。

だが、俺にそれを受け入れるだけの度量があるんだろうか…。

 

いや、今の俺はおかしいんだ。こうやって考えるだけ無駄だ。

 

そして軽く頭を振ってあらぬ方向へ向かおうとする思考を振り払う。

そして再び冷めた紅茶に口をつけて、深く息を吸った。

 

「ラウール?」

 

部屋着に着替えたカイルが戻ってきていた。

まだ俺に対して少し躊躇いのある表情をしている。

 

「こっちへ来いよ。」

 

そう言って俺はベッドに腰掛けたままカイルへ左腕を差し伸べた。

ほんの少し躊躇する間があって、歩み寄ってくるカイル。

 

「俺はお前を捨てたりしない。見放さない。だから…そんな不安そうな顔はするな。」

 

カイルの表情がちょっと困ったような、でもほっと緩んで安堵の色に変わる。

それから俺をじっと見下ろして、ほんの少しだけ首を傾げた。

 

「…ラウール」

 

問い掛けるような眼差しが真っ直ぐに俺に向けられる。

 

「ん?」

「俺ってさ、ラウールにとってどんな存在なの?」

 

当然聞かれるだろうその質問にも、俺のプライドが邪魔して即答する事が出来ないとは…

俺もつくづく下らない男だ。

その腐れたプライドが今のカイルを不安にさせていると言うのに。

 

「…難しい事を聞くなぁ。」

 

苦笑いして時間を稼ぐ。

真っ直ぐに振りぞぞいで来るアイスブルーに俺は耐え兼ねて、ほんの少し視線を外す。

 

今まで自分自身で精一杯だったカイル。

その彼が今俺の意志を必要としている。

それはカイル自身が確実に浮上してきている証。その事自体は本来ならば喜ばしいはずだった。

だが、それは同時に俺にとって危険なところまで来ていると言うことに他ならない。

俺のこの腐れたプライドに少しでも固執すれば、カイルとの生活に終わりが来る。

そういう事なのだ。

 

もう、一切の誤魔化しは効かない。

 

俺がいくら善人面を続けたところで、それはカイルとの生活を続けていくための手段とはならない。

覚悟を決めるしかなかった。

何よりカイルを失う事が怖かったのだから。

 

不安と覚悟を秘めた瞳がじっと俺を見詰めている。ベッドから立ち上がり、俺はカイルを抱き寄せた。

頭一つ低いカイルの頭をそっと抱く。カイルはされるがまま、ただじっとしていた。

 

「俺にはもう、お前の居ない生活なんて考えられないんだ。」

 

そしてじっと抱かれているカイルの頭に頬を寄せる。

少し癖のある猫毛の髪が俺の頬を撫でて気持ちがいい…

愛しさで胸が熱くなる。

 

「…愛してる…俺の側を離れるな…」

 

その言葉に腕の中のカイルが一瞬身じろいで体が硬直してたのが分かった。

そしておずおずと俺の背中に手を回してくる。

その腕はほんの少し震えていた…

 

「お前の居ない生活など要らない。俺はお前を守りたい。」

「…ラウール」

 

…顔を上げたカイルの瞳に見る間に涙が溢れ、そして次々にその雫が頬を伝う。

 

「…本当に…俺なんかでいいの?」

「他の誰でもない。お前が必要なんだ。」

 

そして強く抱きしめる。

カイルの栗色のくせっ毛もアイスブルーの瞳も、その細い肩も。

泣いたその表情も全てが愛しかった。

 

「お前は俺を必要としてくれる。お前に必要とされる事で、俺がどれ程救われているか。」

 

もう離さない。お前は俺のものだ…。

そう確信した時だった。

その言葉に反応するかのように、俺を見上げていたカイルの瞳が揺らいだ。

しかし、勘違いだったかもと思ってしまうほどの、それはほんの一瞬だった。

 

「俺『メイン白』捨てる。」

 

そう言ったカイルの顔は妙にすっきりしていた。

 

「おいおい。せっかく高位まで育てたんだろう?何も捨てなくてもいいじゃないか。」

「いいんだって。バスへ行く時なんかは船代ケチってテレポ使うだろうけど、それ以外は殆ど

必要ないでしょ?」

 

そうかな?

俺が何かの折に戦闘不能にでもなってみろ?お前は絶対白魔道士の姿で駆けつけるに決まってる。

俺が死ぬ事を前提とした話だから、さすがにそれを口にはしなかったが。容易く想像出来たので、それが

可笑しかった。

 

「えー、何一人で笑ってんの。そんなに貧乏くさい、俺?」

「いや、そうじゃなくて。俺は白魔道士としてのお前もあまり知らないからな、見てみたいと思って。」

 

少し笑っていた理由とは違うが、それもまんざら嘘ではない。

 

「あ…そっか。殆ど狩りに行った事ないもんね、俺たちって。言われてみたら、俺だってあなたのナイト

振りを殆ど知らないもん。AF取るのを手伝ってもらったくらいじゃない?」

「今度二人でこなせるクエストでも探してみるか。」

 

それを聞いたカイルの顔がぱっと明るくなる。

そのうち、もう少しカイルの赤魔道士のレベルが上がれば、途中放棄していた俺の忍者と一緒に狩にも

いけるだろう。

カイルの赤魔道士振りはその時拝ませてもらおう。

 

それから俺たちはお互いこなしたクエストの一覧を見せ合うなどで話は盛り上がった。

案の定、カイルは高レベルが必要なクエストはさほどこなぜておらず、手伝い甲斐がありそうだ。

 

そんな話をしている間はカイルの表情も穏やかで、それは今までになく幸せそうな姿だった。

 

 

 

そんなカイルの様子に俺も浮かれていたのかもしれない。

あの時一瞬揺らいだ瞳の事などすっかり忘れていたのだ。

カイルの心の底に潜む「あいつ」の存在さえも。

 

その晩、カイルが白魔道士の姿で部屋を抜け出すまで…。

 

 

 

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