日が傾き始めたあたりから風が強い。
湿度を含んだ潮風が私の鼻腔をくすぐる。
鼻を上げるように空を仰ぎ、そして目を瞑るとその潮の香りを胸いっぱいに吸い込む。
気持ちがいい…
今夜あたり嵐が来る。久々に大きいやつが。
待ちわびた嵐。身体の中に力が満ちてくる。
動物達が来る嵐に備えて山際へ逃げていくのに反して、私だけが海岸へと足を向けてる。
この孤島にある唯一の小さな砂浜。
そこで私は身に付けていたものを全て脱ぎ去ると、ゆっくりと海へと向かった。
浜を真っ直ぐに深みへと。足を進める。
波は既に荒さを見せ始め、水平線には黒い雲が立ち込めていた。
いつもより力強く打ち寄せる波を受けつつ、私はさらに深みへと海の中へと進んでいく。深い深い海を目指して…。
強まる風に後ろで束ねた髪がなびかれる。それすらも気持ちがいい。
近くまで来ているであろう嵐の気配に私の胸は期待に膨らんでいた。
久しくこんなに満たされる感覚を味わっていなかった。癒される感覚が全身に染み渡る。
荒れ狂う波が待ち遠しい。
海も深く潜れば嵐の影響はないだろう。
今日はいつもより少し沖まででてみるか…。
いつもは引き篭もるようにこの島の周囲から離れない私だったが、この日は何故か嵐に導かれるように深い海を目差しはじめていた。
夜が明けると昨夜の嵐が嘘のように穏やかな空が広がっていた。強い風に雲も流され、いつもより外が明るい。
しかし、海はまだに多少の嵐の名残を残していて、波は幾分高さを持っていた。
それでも島では何事もなかったように鳥は鳴き、縄張りを主張し合う。
嵐は彼らにとっても自然の一部でしかない。
それは私にとっても同じ事で…。
ただいつもと違う事といえば、好奇心からいつも小屋を覗きに来る小鳥達の姿が心なしか遠い事だろう。
その原因は分かっているが。
いつもは私だけのこの小屋に、見慣れない者が居るからだろう。
昨夜、海へ出た私の前に流れ着いてきた少年。
いや、少年というにはまだ幼すぎる。
仇であるはずの「ヒト」の子…。
昨夜の嵐の真っ只中、沖ではここ数年にない海の荒れ様だった。
そして商船だろうか。運悪く嵐の餌食となった船。
今まで私が見た中では比較的大きな船だったが、あの嵐の中で呆気ない程簡単に嵐に荒れ狂う海の藻屑となっていった。
生きたまま見つけられたのはこの子だけ。
そうは言うがあまり「ヒト」を助ける事に乗り気ではなかったからな…見捨ててきた者も少なくはなかっただろうが。
そんな事は私の知った事ではなかった。
今現在では恐らくこの子は難破した船の唯一の生き残りとなるのだろう。
…何故助けたんだろうか。憎いはずの「ヒト」の子を。
多分、目の前に流れ漂ってきた小さな命を見捨てきれなかっただけだとは思うのだが。私にもまだ「ヒト」に対する情けが
あるのかと思うと、馬鹿馬鹿しくて笑えてしまう。
息子達を、妻を、私から奪ったこの種族を未だに私は許せずにいる。許すつもりもない。恐らく許されたいなどと向こうも思うまい。
ただ、今目の前で眠っているこの小さな命にその感情を向けるのは何か違うような気もするのだ。…だが、いずれこの子も成長し、
あの忌まわしい悪夢を呼ぶ存在となるだろう。それは明らかだった。
今になって、助けてしまったこの命をどうしたものか困り始めていた私をよそに、悪戯に時間だけが過ぎていく。
昼も廻った頃、その子は目を覚ましていた。
肺呼吸のこの生き物が海水を飲んでなかったのは幸いだった。特に外傷もなかったし、おそらくパニックと嵐の激しさに疲労困憊して
眠りつづけていただけなのだろう。
小屋の裏まで湧き水を汲みに行って戻ってきた私に不思議そうに。そして親しげに声を掛けてきた。
「おじさん、だーれ?」
呆気ない程、正体の知れない私にこんな無防備に笑顔を向ける。
…警戒するという本能はないのか、この種族には。それともこの子が特別なのか?
尤も、今の私は彼からすれば同種族となんらかわらない姿をしているのだが…。
本来の姿が身体に一番負担が少ないのだが、少々本来の体型では不便があって陸上生活をしているの。ここで生活するに到っては
個人の感情を抜きに、この種族の体型が一番快適に過ごせて自由度も高い。
そんな理由だけで、今の私は「ヒト」の姿をしている。
考えてみればあまりにも幼さが残るこの子からは、私が自分とは異種族だなどと考えも及ばないだろうが。
少し冷静になってみれば、この子が私を警戒しないもの、まぁ納得がいった。
「ねぇ、サラカのおばちゃんは?」
黙ってその子を見ながら立っていた私をそこに置いて、ヒトの子は部屋の中をきょろきょろと見回す。
「何でぼく、ここに居るの?お船は?」
「船は嵐で沈んだよ。他は皆、多分死んでしまっただろうな。」
淡々と答える私にその子は不思議そうな表情を向ける。
「ふーん。皆死んじゃったんだ…?」
分かってるのか?何が起きたのか、お前には分かっていないのだろう?
「ねぇ。死んじゃうって、もう会えないって事なんだよね?かあさんみたいに。」
「…母親は居ないのか。」
「かあさんはね、お星様になったんだって。サラカおばちゃんが言ってた。」
「サラカ?」
「隣のおばちゃん。」
この子はまだ「死」を理解できない程の歳なのか…。
それでも竜族であればそろそろ親元を離れる時期に相当する頃だ。
そこまで考えてふと思い出した。確か「ヒト」族はその短い生涯の中で親に掛かりきりである時期が異様に長いという事を。
ということは「子供」である時期が長い種族だ。
命だけは助けてやったものの、ここで私が見放せばこの子は恐らくこの小さな島の中でさえ生きてはいけないのだろう…。
何と脆く、そして過保護に育てねばならない種族であることか。集団で行動し、異様なまでに保守的な彼らの性なのかもしれない。
守るべきものが常に傍にあるならば、その生き物は強くならざるを得ない。子を持つ母のように…。
それを原動力に繁栄したのかもしれないな。
一人一人は取るになたらい程の力しか持たぬこの種族に、我らがここまで押されたのもその生命力に負けたのかもしれない…。
もう身内に会う事も出来ないというのに、ヒトの子はさして何事もなかったように改めて小屋の中をあちこち眺めていた。
「おじさんの髪って綺麗な色だね…。ねぇ、おじさんは、だーれ?」
そしてまた私を見る。
綺麗?そんな風に言われた事がなくて、今度は私がその子をまじまじと見てしまう。
「ぼく、ユーイって言うの。おじさんは?」
誰と聞かれても私は海の「竜」だとしか言い様がない。
この子は「ユーイ」。それは種族名なのか?
「ユーイ?」
「そう。ぼくの名前。おじさんの名前は?」
…ナマエ?
「ぼくのかあさんはリューズ。とうさんはドレイク。おじさんは?」
固体ごとに何か愛称があるのか?
分からない。そんな習慣は「竜」にはない。
「…好きに呼べばいい。」
「えー、教えてくれないの?」
「………ナマエは無い。だからお前が呼びやすいように呼べばいい。」
「変なの。名前のない人なんているの?おじさんは、おじさんのおかあさんから名前、貰わなかったの?」
なんとも納得のいってないような表情だ。そんなこの子の様子から、ヒトは親からナマエを貰うらしい事を、この時初めて知った。
しかし、そう言われても困るばかりだ。固体別に呼び分けたりなど私達には必要がなかったのだから。元々それほど数が居る
種族ではないし「ファラスの岸壁の」「ガレィリアの海の」と、住んでいる場所で呼び分ければそれで何事も不都合はなかった。
その方が我らにとっては相手の属性も知れたし、情報量が多く「ナマエ」など意味はない。
「必要がなかったから、ナマエはない。お前がつけてくれ。」
「え?いいの?」
何がうれしいのか理解できないが…ユーイと言ったヒトの子の表情がぱっと明るくなる。
「うーんっと…それじゃね…」
何か色々考えているらしい。
そんなに考えるようなものなんだろうか?たかが呼び名一つだろうに。
「それじゃ…リュシルス!」
暫らく考えあぐねていたその子だったが、その黒々とした瞳を光らせて私を見上げた。
「絵本に出てくるすっごく強い竜の名前なの、ステキでしょう?おじさんは?竜はきらい?」
一瞬ひやっとさせられた。
まさか…正体がばれたわけじゃあるまいし。
エホンという物もわからなかったが、ましてや「竜のナマエ」?そんなものは有り得ない。私同様、竜にな固体別の呼び名は
ないのだから。
恐らく「ヒト」の習慣に基づいて彼らが勝手にそう呼んでいた「ナマエ」なのだろう。
「お前は竜が好きなのか?」
「うん、大好き!大人は竜が悪者だって言うけど…ぼく、よく分からないんけど。でも、おっきくて強いんだって。凄いよね!」
めでたいものだ…。
そのお前が好きな「竜」を、お前の種族共が殺しまわっているのを知りもしないのだろう。ただ、その種族の強さを己の縄張りの内外に
誇示させる為だけに、我らの角や爪、鱗を手に入れる為だけに。そいれも、ほぼ迷信めいた言い伝えや思い込みによるものに
よるのだから…救いようがない。
彼らは大人しく自然の奥地で暮らす者達までも見つけ出しては殺して廻っているのだ。
その為に我らが種族はもう絶滅寸前に追いやられている。実際に同種族を見たのは妻の亡骸が最後だ…。
70年程に一度しか子供を産まない我らの数は、ヒトの竜狩りの為にこの30年程で激減した。経験の浅い若い者達から
ターゲットにされたため、もう子供を産める雌竜の数も少ないだろう。もしかしたら、既に我らの子孫は新たには生まれる事は
ないかもしれない。
…あとは絶滅を待つばかり。それが我らの現実なのだ。
「お前も仲間のもとに帰りたいだろうが、暫らく待て。そのうち私が送ってやる。」
「…帰る?どこに?」
「母親が居なくても、父親なり家族が居るだろうが。」
ヒトは家族を含め集団で生活していると聞いた事もあるし、誰かしらこの子の身を案じている者も居るだろう。
違う種族とはいえ、仲間を思う気持ちに変わりはないと信じたい…。
「とうさんは居ないよ。もう、おうちに帰ってこないって。」
その子の表情が急に曇りだした。何かこの子にとって触れてはいけない部分に触れたのか…?
「…サラカおばちゃんも、もう居ないんだよね?」
しょげて項垂れたその小さな頭。何故かその姿から目が離せない。
肩が小さく震えている…目から水滴が零れ落ちていて、それは涙だろうか。ヒトも哀しければ泣くのか…?
「もう…ぼく、帰るところ……分からないよぉ…」
ヒト族の事は詳しくなど知ったことではないが、どうやら事情が複雑らしい。
そんな事は私が構う必要も無い。そのうち近くの港まで連れて行けばいいだろう。そこから先は同族共が考えればいい。
これ以上立ち入った事を聞いたとしても私に理解できるとも思えない。
とにかくこの子が落ち着くまで待つことにした。
――― この子も独りか…
一瞬同情めいた感情が沸き起こり、私は必死でそれを頭の外へ追いやった。
同情がなんだ。そんなものは腹の足しにだってなりはしない。
そんな感情を一瞬でも抱いた自分に苛ついて、……そしてひとり虚しくなる。
居心地が悪く、小屋の外に出ようとした、その時だった。
「ど…どこいくの!?」
縋るような目視線に捕まってしまう。
「…独り…やだ…、ねぇ、ここに居てよぉ…」
しゃくりあげながら情けない小さい声で哀願される。
言う事を聞かなければさらに泣くぞと脅されてるようなもんだな…。
ひとつ大きな溜息をつくと、私はその子の傍へと歩み寄った。
何で私がこんなヒトの子供などに振り回されなくてはならないんだ。理不尽極まりない。
「ここに居ればいいのか?」
ただそれだけを言ってベッドの傍まで行く。安心したのか子供は泣き止み、そして小さく柔らかな掌が伸ばされ私の手をぎゅっと
握られる。
思ったよりもその手に力が入っている。
…よっぽど独りになるのが怖かったのだろう。
しかし。
………どう反応を返したものか…、それが分からずに私はただじっとしているしかなかった……。
竜族の子育ては、殆ど雌が掛かりきりで行う。
雄も協力しない事もないが、どちらかというと雌側から迷惑がられる事が多く、そのため私も二人の息子を持った身ながら、殆ど
子育てに従事した事がなかった。
それでも、今まで野生動物の子供を保護した事も無かったわけではないし、親を必要とする時期の小さな命がどれほど脆いものか、
それを知らないつもりじゃなかった。
だが、今回ばかりは勝手が違う。
何しろ相手は「ヒト」の子なのだ。
やはり感情的に受け付けない…。あれは私の血族を全て殺してしまった種族の子なのだ。
屈託なく笑顔を向けられるのも、思い出すた度に腹立たしい。
何も知らないお前。その種族の汚らわしい血が、あの無邪気な笑顔の下に流れているのだ。
そんな私の闇色の負の感情など露ほども知らずに、次の日も、また次の日も、ヒトの子は私の後を雛鳥のようについて廻ってきた。
木の実を採りに険しい山道を登っていても、文句も言わずついてくる。その子のペースになどあわせるつもりなど毛頭無かった
私に距離を開けられても、はぐれまいと必死に付いて来る。慣れない山道、不安定な足場、数日前に会ったばかりの私に、
何故こうもついてこようとするのか…。孵化したばかりの雛鳥のインプリントじゃあるまいに。
ところが、あんなに必死についてきた私の後を追うその小さな足が、ある時急に止まった。私が海へ潜ろうと、砂浜の深みへ
向かっていた時だった。
「…リュシー…ねぇ、待って。」
いかにも情けない声が後ろから投げかけられたのは聞こえていたが、構わず足を進める。
「リュシ……リュシルスっ、待ってよっ!」
リュシーとは私の事か?
まぁ、そんな事はどうでもいい事だ。好きに呼べばいいと言ったのは私なのだから。
しかし、呼ばれたからといって立ち止まる程私は優しくはない。呼ぶのは勝手だが。
その時私はその子の方を振り返りもしなかった。
情けない声を出していたその子を無視して水に潜って少し経った時だった。水面を激しく叩く音と、慌しい呼吸音が水の中から
聞こえてきて、その異様さに振り返る。来た砂浜の方からだ。
急いで水面から顔を出すと、少し深さのある辺りでその子が必死に水面を叩き、顔は海面から辛うじて出している状況だった。
…泳げないのか。
いや、傍観している場合でもなさそうだ。その滅茶苦茶な動き方からパニックに陥っていそうな事は直ぐに分かった。
子供の背丈では足が届かないその深さも、私からすれば浅瀬だ。その子のところまで急いで戻り、後ろへ回り込む。両脇から抱え上げ
一気に水の中から抱き上げてやる。
少し気管に水が入ったのか、その子は激しく苦しそうに咳き込む。
「泳げもしないくせに無理についてくるな。」
ところが、ヒトの子は咳き込んで半泣きな顔をしたまま、いやいやと首を振る。
「大人しく浜で待っていろ。いいな?」
それでもその子は首を横に振る。どうしろと言うんだ。
「そんなに付いて来たいのか?」
その問に、真っ赤な目で上目使いに見上げられる。そしてややあって、小さな頭がこくりと頷いた。
この調子だと溺れてでもついてきそうで怖いな…。
暫らく考えて、私は浜辺までその子を連れて行くと、そこに座らせた。
「助っ人を呼んできてやる。それまでそこを動くな。」
きょとんとしたままのその子に再び声をかける。
「分かったら返事くらいしろ。」
「………はい。」
その小さな返事を聞くが速いか、私は再び海へと潜った。
暫らく真っ直ぐ沖へと向かうと急に海の深さを増す場所がある。そこまでたどり着き、水面に体がはみ出さないように深く潜ると
本来の姿に戻る。
この姿でなければ助っ人が呼べないのが痛いな…。
あの子にこの姿は見せたくない。もし見られでもしたら…記憶を消すか、あるいはこの島に閉じ込めるかしなければならないだろう。
できるなら、そういった乱暴な方法はとりたくない。いくらヒト族とはいえ、子供なのだから。
海笛を吹く。本来海の竜同士の連絡手段だが、海獣たちにも通用する会話手段だ。
…だが、もう海の竜と連絡を取り合うこともないだろう。この十何年間、もうこの笛の音に応えた者も居ない。そして、他からの
笛の音を私も耳にしていない。
既に海笛は仲間との連絡の為の機能を果たさなくなって久しいのだ。
笛を吹いて間もなく傍まで来てくれた者の姿があった。3頭か、十分すぎる。
海獣には物好きな連中が多い。特にこのイルカの種族は好奇心も旺盛で利発だ。ヒトとも交流があるものもいるらしい。
お人よしだな…。呼んだ本人が思う事でもないが。
軽く挨拶を済ますと私もヒトの姿に戻る。イルカ達は私の意図を察してくれたらしく、先に島へと向かった。
イルカを連れて戻るとその子は異様に喜んだ。
イルカ達も子供が珍しいのかよく構ってくれていたし、私としては大いに助かった。どっちの為の助っ人だったのか等と思うと少し
可笑しくて笑えてしまう。
子供がイルカと遊んでいるうちに、食料の確保もさっさと済ませ陸へ上がった。
さっきまであの子もイルカに夢中だったから当然まだ海で遊んでいるかと思っていると…、気が付けばやはり私の後ろをついてきて
いた。
…………何がそんなに良くて、赤の他人の私の後を付いて来るんだ、この子は?
そのしつこいまでの行動に、私も少し苛ついていたのかもしれない。苛立ちが顔に出ていたのか、後ろを振り返った私を見て
その子の顔が曇ったのを私は見逃さなかった。その表情が酷く痛く感じたのは何故だろう。
何故私が…こんな罪悪感めいた感情を持たねばならないんだ。子供の表情を少し曇らせただけじゃないか。
何も酷い事をしたわけでもない。私だって生き物だ、理不尽さに苛立つ事もあれば怒れる事だってある。それのどこがいけない?
苛つく…あの子の考えると、どうにも腹が立つ。
――あんなヒトの子など、助けるんじゃなかった………いっそのこと……
………………コロシテシマエ。…タカガ、ひとノ子ダ。
刹那、頭に浮かんだ余りにも短絡的な思考に、自分で目を見張った。
思考だけじゃない。
これは、この声は。
殺された同胞達の恨みの声だ…
ぼくは大きなお船に乗っていた。
サラカおばちゃんに連れられて。
母さんがお星様になっちゃったから、母さんの妹の所へ行くんだって。遠いところに行くんだって。
お家には、もう戻れないっておばちゃんは言った。
母さんの妹なんて知らない。知らない人。そんな人の所へ行くはずだった。
本当は、ぼくは何処へも行きたくなかった。
だからってお家に居たかったわけじゃなかったんだけど。
だって、父さんは帰ってこないって言ってたし。…大体父さんなんてめったに会ったことなんてないから、どんな人だったかなんて
知らないんだ。
だた、父さんが持っていた大きな剣は印象的でよく覚えてる。綺麗な竜の彫り物が柄にあって、触っちゃダメって言われてたから、
そばで眺めるだけだったけど、その剣がぼくは大好きだった。
もともとあまり家に帰ってこなかった父さん。
「ドラゴンスレイヤー」だった父さんは、ある日お仕事から帰ってこなくなったんだって。そう言って、母さんは泣いていた。
ずっと泣いていた。
そんな風に母さんを泣かせた父さんが、本当はぼくは嫌いだった。
だから、待ってても誰も居ないし帰ってこないお家に居たかったんじゃなくて…
どこへも行きたいと思わなかっただけ。
なのに。
ぼく一人でおうちに居ちゃダメなんだと言って、サラカおばちゃんはぼくを連れて船に乗った。
おばちゃんの知り合いの人の船だった。初めて乗った船は大きかったのに、でも嵐で沈んでしまった。
お船が大きく揺れて、気持ち悪くて。
海が船の中まで入ってきて、波が怖かったところまでは覚えてるんだけど、気が付くとぼくは知らない場所に居た。
目が覚めたぼくの傍に居たのは、なんだか不思議な人だった。
綺麗な蒼い目。同じように…黒いんだけど、蒼いように見える長い髪の毛。
今まで会ったどんな人とも違う印象の人だった。
どういったらいいのか分からないんだけど、何故かぼくは一目でその人が好きになった。
どうせ何処へ行くかも分からなかった旅だし。
無理やり「母さんの妹」の所へぼくを連れて行こうとしていたサラカおばちゃんも、もう居ない。
だったら、この人の傍に居たい。
そうぼくは思った。
その人は名前がないって言った。
その事は不思議だったけど、でもその人はぼくが名前をつけていいって言ってくれた。
それは思いがけず、ぼくにとってはとてもうれしい事だった。
こんな綺麗な人に、ぼくが名前をつけるなんて。
だから、一番好きな名前を付けた。
大好きだった絵本に出てくる、すごく強い「竜」の名前。
ぼくの名前もその絵本から付けてくれたのだと母さんが言ってた。
一番大好きな、同じ絵本の中の名前。
とても幸せだった…
これで、ずっとこの人と一緒に居られるんだと。ぼくは勝手に思っていた。
>> to be continue.
壁|ω・`)<後書きだぉ…
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