Ruse act.1
少年の様に気まぐれで、力を持つものは、恐ろしい。
そしてその若く美しい姿で、人を惹きつける。
羨ましく、妬ましく。そんな感情を引き起こさせる。
自由奔放で在るが故に、彼のままのその姿を目で追いたくもあり、縛りつけ唯己が物にしたくもあり。
唯、己の気の向くままに、信じるままに、欲するままに…
唯、彼は軽やかに、我らの周りを、世界を、飛び回る。
唯唯、若々しく希望に満ちた瞳で、全てを自らの内へと取り込んでいく。
彼はどこへ行くのだろうか。
どこまで、あの姿のままで居られるのだろうか。
穢れを知らぬ、そのままで居られるのだろうか。
彼ですら、やはり他のモノ達と同じように、変わっていくのだろう。
どんなきっかけで?
誰かが彼を変えるのだろうか?
それは「誰」なのだろうか。
その「誰か」が憎らしい…
自分以外のモノがその「誰か」になるのなら。私は「誰か」を阻止するモノであろう。
…それとも……私が……いっそ。
自分で知らなかった自分自身の闇の深さに、一瞬足が竦んだ。しかし、その感覚は恐ろしいほど速く過ぎ去って行き、そして次の瞬間
には理解していた。
―ああ、これが私なのだ。私らしさなのだ。
「知らない」ということは何と愚かな事だろうか。今までの私は何だったのだろう。
自分自身を知らなかった。水面に写っていたのは唯の器でしかなかった。知ってしまえばこんなにも眼前が開けるものだったとは…
知らなかった。俺自身が満ちて行く。本来の俺らしさに、体中が喜んでいる。
何より。此れから俺がやろうとしている愚かしく恐ろしい所業に、何の迷いも生まれなかった。
そして私は。
己の手で「美しいモノ」を汚し、手に入れた。
手に入れた「堕ちた天使」は想像通り、いやそれ以上に私を虜にした。
社会的に束縛されてトラウマを抱える私の、唯一の宝物となった。堕ちて尚、意思を持った宝物。
大事に大事に、壊していく。その時間はとても甘美で、どんなものよりも私を癒した。同時に私自身も壊れて行く。
しかし、そんな甘美な時間にも終わりは来た。
家からの一通の手紙には妻が懐妊した事を知らせるものだった。
我が家の両親は上流貴族という肩書きにしがみつた、それにしか自らの、社会の価値を見出す事の出来ない哀れな人達だった。
そのおかげで、私は生まれながらにして許婚が決まっていた。確かに、敷かれたレールの上を唯走るのは嫌だったが、何より私を
嫌悪させたのはその先に決められた女が在って必ず子供を儲けなければならないと言うプレッシャーだった。幼心に私はをの事を
嫌悪して、あるトラウマをかかえる事となる…。
「妻」も私を好いているわけではなかった。彼女には別に好きな男が居た事も知っていて、尚私が「妻」に興味がない事もお互いが
承知の上での形だけの結婚だった。要は「後取り」が産まれさえすればいい。幸いだったのはその「妻」の男は髪や瞳の色等に特別
大きな特徴を持たない人物だった事だろう。その条件さえクリアしていれば、生まれてくる子が私に似ている必要などないのだ。
血の繋がりさえも、形式だけあればいい。だからその子は当然俺の子であるはずはなかった。
だがそれは「妻」と「アレ」しか知らぬ事。だから、私は「父」を演じに祖国サンドリアへ戻らざるを得無くなったのだった…
「アレ」手放す、この時が来るのは分かっていた。しかし、これで「血筋を残さねばならない」という呪縛から、私は解放されるのだ。
宝物はもう必要なくなる。それでいい、自分でも納得していたと思っていた…
それが今から3年前の事だ。
手放したはずの宝物。今は手の内になくても、私はその存在を忘れる事はなかった。
またいずれ欲しくなれば手に入れるのは容易いだと、それが分かっていたから、手中にそれが無くても私はそれでよかった。
それが一ヶ月前、思わぬところで「アレ」を見かけたのだ。儀礼的な祖先の墓参りの為、チョコボでラテーヌ高原まで移動していた折
だった。少し離れた場所だったが数騎のチョコボとすれ違った。その中に…私が見間違うはずはなかった。
かつて冒険を共にした顔も見受けられたが、知らない顔もあり、その中で「アレ」は
笑っていた。
見知らぬミスラとチョコボを並べ、何か言葉を交わしているようだった。
時間は過ぎている、確実に、刻々と。それは何もかも、記憶も、人の心も変えて行く。
「アレ」の笑顔に思った以上に時間が経っていたのだと気が付いた。同時にそれが少しうれしくもあった。
その笑顔を見ながら、そう言えば私は「アレ」に何もしてやれていないな…と、ふとそんな事を考え始めていた。
「アレ」から何もかも奪いはしたものの、与えたものは屈辱と苦痛だけ。私だけのものであってくれさえすれば、それでいい。これからも。
そう思っていたが。
「変わったのか…」
変わらないのは私一人。血の繋がりのない我が子も成長している。…もう2才か。妻も私と家族ごっこをするのに慣れたのか、今では
いい母親ぶりを見せている。男とはまだ続いているようだがな。
我が両親も後取りにご執心だ。形だけの父親としての役目もそろそろ終わりにしてもいいだろう。
…誰も私を見ては居ないのだからな。
だが「アレ」なら違うだろう。今でも、会えば私を見るだろう。
「恨みか…買うのも悪く無い。」
もしかしたら「アレ」が、こんな空虚な世界から「私」を開放してくれるかもしれない。
…そして私は「アレ」に、今更だからしてやれる事があるとするなら。考えながら、自らの悪趣味ぶりの滑稽さに表情が歪む。
そうだ。それでこそ私だ。
計画を実行するのに「アレ」に会うには一度で充分だった。だが、私の思惑になど誰も気づくまい。気付かせはしない。
ジュノへ渡った私はまず「アレ」の近況を調べる事から始める事にした。脅しに充分な材料が欲しかったからだ。「アレ」が危機感を
持つほどの。
だが、その必要は殆どなかった。ジュノへついたその当日、あっけないほどの再会だった。
あの時チョコボで並んで走っていた見知らぬミスラ、それは今の「アレ」の相棒だったのだ。…相棒。それは「特別な人」だ。見つけた。
計算外とはいえ、「アレ」と一緒に居たミスラが思った以上の働きをしてくれた事には感謝せねばなるまいな。
一日「アレ」を返さなかっただけで、奴からコンタクトをとってきたのだ。
奴にして見ればミスラ族独特のその勘のよさが、ここでは裏目に出たなど思いもよらぬ事だったろうよ。思う壺とはこの事だ。
今回限り、自分から「アレ」と接触する気などなかった私に、「アレ」から離れ二度と会うななどとと言い出してきたのだ。
これを利用しない手はないだろう。奴の誘い通り、私は出向いてやることにした。
「それはかまわないが、代償は?」
「代償やて…?」
「当然だろう。キミはね、アレと私との間に既に在る「縁」を絶てと一方的に言っているんだよ。」
ミスラの全身から放たれる殺気が更に増すのを感じる。表情さえ変えないものの、目の奥で私を睨みつける力が強くなる。
「「彼がそう望むから」など理由にはなり得ないとだけは先に言っておこう。これは本来アレと私の問題でね、キミが立ち入っていい
ところじゃないんだよ。分かっていて私に会いに来たのだろう?」
ミスラがのこのこと現れた。私にはそれで充分だったのだが、元から必要の無い「代償」とやらが手に入れば、それは私の計画を
決定的な物にしてくれるに違いない。
そして、この目の前の愚かなミスラはおそらく私の要求を呑むだろう。それが卑劣なら卑劣なほど。
そもそも私は「アレ」以外の「身体」に興味はないのがこのミスラにとっても唯一救いだろう。しかし、別の意味での「身体」なら…
「それとも何かな?君は私がその申し出を「はいそうですか」と何も要求しないとでも思ったのか、それとも腕ずくなら在りとでも
読んでいたか?」
「……」
大方野蛮なミスラの事だ「腕づく」の方を考えていたのだろう。
「見たところ、君の本職はモンクのようだが?」
「…それがなんやの。」
「キミがどうしても…と、言うなら。」
すっとミスラ自身を指差し、その指先を左に少しずらす。
それだけでミスラには何を言わんとしたのか察しがついたらろう。
「モンクの命とも言うべき、その右腕を頂こうか。」
「はんっ…思った通り趣味はサイアクやな、アンタ。」
ミスラはさして驚いた様子もみせない。
「答えを聞かせてもらえ無いのかい?」
「腕一本くれたることはええとして、どうせすぐ治ってしまうで?アルタナの加護の事まで忘れてるんちゃうやろうな。」
面白くもなさそうなミスラの様子に、私は満足だった。
「承知している。だが、完全に切断となれば完治にも時間が必要というもの。まぁ安心したまえ、後遺症など残らんほどきれいに
切断してやる。」
「…そりゃどうも…」
短剣を抜きミスラに向けると、ミスラは自ら右腕を差し出してきた。
…それでいい。
「思ったより安い代償でよかったわ。その分心配なんやけどな…」
「なにがだい?」
「アンタが約束を守るかどうかに決まっとる。」
「それも私の「悪趣味」の一つだよ。キミが安いと感じるこの代償が私にはとても大きい。それにそちらの交渉に応じる意思を示したのは
私だ。この答えで納得してもらえるかな?」
「正直、アンタがこんなにすんなり受け入れるとは思わんかったわ。…ええやろ。はよして。」
短剣を持ち直しミスラへ一歩近寄る。
「腕は上げておけ、重さで千切れると美しく無い。」
言われるまま右腕を高々と上へ上げ、ミスラの拳が握られる。その手首を掴み少し持ち上げるようにすれば、ナイフの通りもいいと
言うものだ。
ミスラの視線は私を見ては居なかったが、真正面を見据え怯えも何もそこにはなかった。
…こんな肝の座った奴と長々と遊ぶのも面白く無い。元々興味の対象ではないしな…
ミスラは声も上げ無かった。
かすかに表情が痛みに歪んだのが見えたが。根っからのアタッカーであるこのミスラに、この程度の痛みなど日常だろう。
「確かに受け取った。」
それだけ告げると、私は右腕を失ったミスラを振り返りもせず、鮮血のしたたる腕を片手にその場を後にした。
後は仕上げだけだ。この受け取った代償には時間制限がある。消えてしまうまでに…
だがそんなリスクも懸念に終わった。仕上げは完璧だった。
「アレ」は思った通りの反応を見せてくれた。自分を責め、私を憎悪した。
――これでいい。「アレ」は必ず自ら私の元へ来る事になるだろう。
完璧な演出じゃないか!
あのミスラは自ら望んだ行為に、結果「アレ」を追い詰め私に加担した事など思もよるまいよ。
…本当に、心から感謝する。愚かな相棒ミスラ殿。
私は心の中で奴に深々と頭を下げた。
それから冬が終わり、春が来た。
桜の咲く季節…
その日は例年に無い花冷えで、雪がちらつくような天気だった。
ジュノから戻った私は、日が暮れてから教会へ参拝し、その後人気の無い道を選んで夜風を楽しみながら帰るのが日課となっていた。
いや、日課となるようにしたのだ。花冷えとはいえ、季節外れの寒さだ。冬の冷気ほどではないにせよ、今夜の冷えはさすがに身に
染みる。が、家路を急ぐ事は私にはない。
今日の様な寒さでは大通りですら人は少なくなるだろう。…こんな日は私をうれしくさせるのだ。
来るかもしれない。
少し遠回りをしてみるのもいいだろう。そう…北区のギルド橋入り口の、鍛冶ギルドの向かい。あの辺りの水路の在る場所中二階通路。
あの辺りなどうってつけだ。
ギルドにはまだ灯がついていた。誰か作業でもしているのかもしれないな…。しかし、向かいである水路脇のここならば水音で少々の
音はかき消される。
そこまで来て、人の気配に気が付き後ろを振り返る。
私のすぐ後ろには暗い色のローブを深々と被った一人の人物が立っていた。顔は見えずともよく知った人物だった。
さすが…シーフとしての才能はやはり私の見立て通りだな…。
…やっと来てくれたか…
相手にそっと手を伸ばし、ローブに隠れた頬を撫でる。愛おしさが胸に広がる。
「ロッシュ…」
応えは無い。分かっている。
迎え入れるように両腕を広げると、彼の身体は自ら私の胸へ飛び込んできた。
――そして腹部に重く冷たい衝撃…。
「…よく来てくれた…ね。……いい子だ…」
「………………」
おそらく私の腹部には深々と刺さった短剣が、今も彼の手に握られている。
ああ…やっとこの瞬間を迎えられる。
まだ私の腕の中にある彼の身体をそっと抱きしめる。その肩は、寒いのか微かに震えていた。
「……教えたね……物証は…残さない…。そのローブも…ちゃんと燃やし…て…」
「……黙れ……」
いい具合に即死させない、いい所を刺してくれたね。さすが私の教え子だ。
――私が苦しめば、少しはお前の恨みも晴れるだろうか…。それもいいが。だが、私もそこまで甘くは無い。
「………ロッシュ…」
「……黙れっ…!」
「……愛して…る…」
最後の呪いだ。受け取るがいい。
「黙れよっ!」
「……」
全身が寒くてたまらない。腕が凍えて…重い…。その腕をかすかに伸ばし、人差し指で彼の口を縦にさえぎる。
――聞かれてしまうよ、誰かに。今は私達だけの最後の秘密の時間だ。
私の腕は彼を抱き絞めていることも、脚は立っていることもできなくなり、その場に崩れ落ちる。その拍子に短剣が抜けたのか、腹部の
皮膚を熱いものが大量に流れ落ちていくのを感じた。
このまま水路に落ちれば暫く見つかる事もないだろうが…水音を聞き付ける者があるかもしれないな…いや、ここならば……
遠くなる意識の中で何度もシュミレートした事を思い出す。
手すりの位置は高い…崩れ落ち、柱にもたれかかる自分の身体を、ほんの少し…あとほんの少しだけ水路側へ傾ければいい。
柱によりかかりながら重々しい首を上げると、アレと視線が合ったような気がした…。暗いせいもあって、どんな表情をしているのか
私にはもう見る事は出来なかったが……
………あの笑顔を、君に返そう……
最後に私が感じたモノは自分の身体が水面に落ちて沈んでいく冷たい感触だった。もう凍えすら感じ無い。
計画は…願いは成就した。
>>wait moer
↑かみんぐすーんとは言えない奴 (´・ω・`)<イイワケコーナーだぉ