Molla (春) by kaill
桜の花が咲いた。
毎年、春になれば桜は咲く。今年も咲いた淡い色の花。
今は既にほぼ満開だ。
以前にあの人と花見の約束をしてたけど、今年も無理そうだな。
LSメンバーのミッションの手伝いに行くとかで、二日前から出かけてるし。
高ランクミッションを連続でこなすなら、あと3日は戻らないだろう…
去年は俺のほう精神的に余裕がなくて、外で桜が咲いてたなんてことさえ気が付かず。
辛うじて散り際の桜吹雪を拝んだ程度だったっけ。
それだって少し通りがかりに見たくらいだから、お花見ってあれでもなかったんだけど。
レベル上げのPTも一段落つけて、少し休養をとるつもりでウィンダスまで足を運んだけど。
しばらく独りかな…
そう考えて少し寂しい気持ちにはなったけれど、不思議と悲しくはなかった。
相変わらず俺はあの人の所属しているLSからの誘いを断り続けている。
だからってどこかのLSに入ってるわけではないけれど、何故か今は特定の集団の中に入る気もしないでいる。
本当は集団の中に居るにも関わらず独りになった時の、あの独特の寂しさが怖いだけなのかもしれない。
それならいっそ集団に属さないほうが…
その代わり、時々ラウールとは長期間の別行動を余儀なくされることもあるけど。それは俺が選んだ結果だし。
以前はラウールが居ないと不安で寝付けない日もあった。それでも俺にはこの状況が安心できる環境だった。
今ではそんな情けない夜を過ごす事もなくなったけど…。
それだけ日ごろからあの人に十分な安心感を貰ってるからなんだろうな…なんて思うと、まだラウールに頼ってばかりな自分を
少なからず自覚してしまう。
ふとラウールの優しげな笑顔を思い出して、ひとり笑っていて。
「甘やかされてるなぁ、俺」
自分に言い聞かせるように、ぽつりと呟いた。
「確かに甘やかされてるよな。それもゲロ甘。」
唐突にすぐ横から知った声がして、我に返るといつの間にかすぐ近くに立っていた人物があった。
「お前ら見てて、時々吐き気するんだけど。ハタ迷惑だよな。公害だよ。」
そのどうでもいいような口ぶりのクセに性質の悪いもの言いに、内心むっとする。
無視しようとも思ってはみたものの、思い切り目を合わされて諦めの溜め息を漏らさざるを得なかった。
「なんで君が居るのさ。ミッションの手伝いとかはいいのかよ。総出だって聞いたけど?」
「うわぁ、あからさまに嫌そうな顔するなよな。つっても、俺もお前の事は嫌いだけどな。」
どうでもいい様な表情で語尾を強調され、更にむっとする。
正直言うと、俺だってこいつは苦手なんだ。通称「悪態ロッシュ」、ラウールのLSお墨付きの「墨汁」。
こいつが「好き」なヤツが居るかどうかは知らないけれど、それ以外の人間は全て「嫌い」なんじゃないだろうか、とも疑ってしまう。
それほどまでに、こいつはいつでも人を寄せ付けない壁を、周囲に見せ付けるように作っている。
例外といえばあのミスラ・モンクのラチャくらいだろう。
けれど、そんな「壁」が今日は何故か薄く感じられるような気がする。
「だったら何でわざわざ声をかけるのさ。そっちこそ、ラチャとは一緒じゃないの?」
「俺らだってずっと一緒にいるわけじゃないんだけど。夫婦じゃあるまいし。」
口から蟲毒だな…。当然俺らのことを指して言っているに決まってる。
少なからず自覚している事を言葉にする代わりに、軽くため息をついてみせた。
「ところでLSメンバーの手伝い、総出だって聞いてたけど?」
「あ、俺?風邪で欠席。」
見るからに元気そうだって事は。…サボリか、予想通り。
呆れて返事すら面倒になって肩を落としてみて。…そこまでして、思い当たる。
それにしても、どうしたんだろう?俺と違って彼がわざわざウィンまで花見をしに来るようなタイプにも思えない。
「ところで、昼飯食った?」
突然話をそらされて、我に帰って顔を上げる。
「…いや、まだだけど。」
「ハラ減った。何か奢れ。」
「年下にたかるのかよ…」
「誤差範囲ダロ。」
「年上ぶるときはその差を出してくるくせにか。」
「特権。」
「キミって都合がよければ何でもいいんだね。呆れた…」
「その年上をキミ呼ばわりする方もどうかと思うけどなw」
「誤差範囲なんだろ?」
さらっとそう言い返すとロッシュの顔がにやっと笑った。
そして少し間を空けて、
「お前、ここんとこだいぶ変わったな。イイ傾向なんじゃないか?」
えーっと…?何か俺はヘンな事を言われてるっぽいように思うんだけど?
うん、やっぱり何か変だ。あまりロッシュの事を知ってる訳じゃないけど、いつもの彼じゃないというか…
サボリだと言ってはいるものの、本当に風邪でも引いてるのかもしれない。
そうでなければ…
きょとんとしてる俺に向かって、さらに彼は。
「褒めたんだよ。何か奢れよw」
「………ぇ?………ぇぇぇぇぇ……;」
小さくそう言ってみたものの、何故かこのまま分かれるのも気持ち悪い。後味?の悪さを思えば奢るくらいの事は安く思えた。
それに倉庫に眠っていた素材やらを売り払って少し懐が暖かいこともあったし。
そして密かに、今日何度か目の溜め息を腹の底から吐いた。
でも彼の誘いを断らなかったのは、ただ褒められたのが気持ち悪かったっていう、それだけじゃない。
何か得体の知れない闇のような黒いものをロッシュの中に感じたような気がして、何故だか放っておけなかった。
そしてどこかしっくりこない気持ち悪さを感じながらの昼食の時間は、妙に長く感じていた。
「なぁ、一度聞いてみたかったんだけど。」
「なに、急に?」
軽い食事の後、お茶に口をつけたときだった。
ロッシュにしては珍しくしんみりとした表情をして、ロッシュの瞳が俺の目をじっと覗き込んでいた。
俺なんかを誘った時点で「急に…」って訳でもなさそうだったけど、そこは流しておく。
「……あのさ」
彼らしからぬ、ずいぶんと躊躇いがちな口調。
そして、ついっと視線が外される。
「…過去は忘れられるものなのかな…?」
ロッシュが何を聞きたいのか、彼の瞳の暗い色を見てすぐに理解できていた…と、思う。
最も彼らしくない発言だった。
まるで幼い子供みたいに答えのない未来をさぐって、分からない未来を怖がって自分の殻に閉じこもっている。
そんな姿を彷彿とさせた。
彼もまた、かつての俺同様に出口の見えない迷宮の中に居る…
詳しい事情を聞いたわけじゃないけれど、彼に何かしら事件があったことだけは知っていた。
ラチャや仲間と距離を置いているのも、そのせいなのかもしれない。
それに心なしか、以前会った時よりもやつれたようにも見える。
あの日、依れたチュニックを着崩すような姿で、ある部屋を倒れるように飛び出してきたロッシュ。
目は宙を泳ぎ焦点は合っておらず、一見して異様な雰囲気だった。
そして、叫ぶでもなく口の中で呟く様に繰り返していた言葉が俺の脳裏を掠めていく。
『……殺らなきゃ…早く消さなきゃ……早く…消さなきゃダメだ……』
本人は覚えてないらしい。
あれは、なんだったんだろうか。誰かを殺すって意味だとしたら、尋常じゃない…
ロッシュも俺が何かしらを勘付いている事は分かっているんだろう。
もしかすると、今ロッシュが俺の目の前に居るのは偶然なんかじゃないかもしれない。
ロッシュもまた、俺が過去に何かを抱えているのを知っているクチだった。
『過去は忘れられるのか?』
だから俺のところへ来たのかな…
過去を忘れたいのか。
「……正直、わからない。」
手に持っていたカップをテーブルにゆっくりと置く。
何故かロッシュの顔をまっすぐ見ていられなくて、テーブルの上に飾ってあった桜の一枝に視線を移す。
その辺りに咲いている桜とは少し種類が違うらしい。同じ桜でも、少し花弁が大きくて、かすかに花の香りがしている。
「忘れることも出来ると思う。…けど、だからって過去は変えられないし、変わらないしさ……誤魔化す事は出来るんだろうけど。」
言ってはみたものの、自分にだって自信があるわけじゃない。どうしても声は小さくなってしまう。
それでもまだあの事件からそう時間の経っていない今のロッシュには、きつい一言に感じたに違いない。
それでも俺はかまわず続けた。ゆっくり、自分の言葉を探しながら。
いつもは気丈で自分を中心に世界を回すタイプのこの人が何かしら俺に頼ってきてるのが分かったから、何故かそれに応えたかった。
「俺にとって過去は『逃げれば追ってくるもの』って気がする。忘れないって事と引きずる事は違うかなって……やっとそう思えるように
なってきたところかな。人によって考え方は違うとは思うけどさ。」
あまり人にこういう話をするのも好きじゃないけど、何故だか他人事に思えなかった。
一見正反対な俺たちだけど……多分、似たもの同士なんだろう。だからお互いに好意をもてないというか、自分の嫌な面を相手に
見ているようでイヤなのかもしれない。
「そっか…。」
それだけ言うとロッシュは立ち上がり、こっちを見るでもなくまっすぐに店を出て行った。
カタン…と店のドアが閉まる音が少し哀しげに聞こえたのは気のせいじゃなかったと思う。
そしてテーブルには、きっちり自分の食事代分だけのギルが置かれていた。奢るがどうのというのは、つまりただの口実か…
何か自分なりに答えを探そうとして、自分の中で同道巡りを続けてるんだろう。
必要な事ではあるんだろうけど…辛いはずだ。
ある程度時間の経過も必要な時もある。その事は俺自身が身を持って実感したことだし。
焦ってあらぬ答えを見つけなきゃいいけど…
俺は彼の後姿に、何故か一抹の不安を感じていた。
それから数日、ウィンダスの桜の木下で独りロッシュに言った自分の言葉を反芻しつつ思いにふける日々を過ごしていた。
ロッシュの事も少し気にはかかったけど…人の事を心配できるほどなのか。その事を考えていた。
自分の気持ちを確かめるように、ゆっくりと今は亡きガーウィンの顔を思い出してみる。
あの人の表情、一緒に過ごした日々…
辛いこともあったけど、でも楽しい思い出のほうが多い。
―――忘れてない。
多分、忘れることはない。
それでも以前は鮮やかに思い出されていたその思い出も、今では桜の花の色のようにほんのりと淡い色に
変わってきているような気がする。
思い出して「辛い」と思う事は少なくなった。…ここまでくるのに、ずいぶん時間がかかったよね……
でも、そうやってその頃を少しずつ遠くから見下ろし始めている自分に、何か罪悪感めいたものを感じている。
あの人を失って…まるで乗り換えるようにラウールを好きになった自分。
けど、ラウールがガーウィンの身代わりだなんてことはあり得ない。だって…あんなに違うんだから、あの二人は。
だったら、この罪悪感めいたものは…?
ラウールに特別な感情を持ったのを自覚したその時からずっと胸につっかえている様な、この苦しさはなんなんだろう。
「……ごめん……ごめんね……」
でも、本当はそれが何なのか分かっている。
俺自身、未だに認めたくないだけ。
裏切りを認めたくないだけなんだ。
「……ガーウィン…ごめん、俺……あんたより好きな人が…………しかもまた男でさ、よりによってあんたの友達なんだよね。
…最低だよな……」
許してなんて言える訳がない。
だいたいその言葉を言う相手は、既にもうこの世には居ないんだから。
ロッシュに偉そうなこと言っておいて、俺自身…この体たらく。
そんな事に縛られている自分に嫌気がさして、俺はぐったりと項垂れるように桜の樹の幹に身体を預けた。
一陣の風が吹き抜ける。
暖かい、春をいっぱいに含んだ風。
………気持ち悪い…
その風にここ数日で開ききった桜の花弁が、音を立てるように視界いっぱいに吹雪き散る。
白く、淡い桜の色をした世界…
幻想的なその光景に引き込まれるように、俺はゆっくりと目を閉じた。
ラウール…今、無性にあなたに会いたい。
そう言えば、ここのところ時間的なすれ違いが多くて二人でゆっくり話もしていないな…
一緒に過ごす時間をもっと増やすべきなんだろうけど、ラウールの優しさに甘えてしまう自分が嫌で。
…逃げてるのかもしれない。
それでも、この目の前の桜吹雪をあなたと二人で見たかった。
来年も桜は咲くだろうけど、次に咲く桜は同じ樹に咲いたとしても同じ花は一つとしてない。
だから、この綺麗な桜吹雪は今ここであなたと見たかった。
俺の我侭が招いた結果に、少なからず後悔する。
桜の花同様に、人の命は時に儚くて…
それは誰にでも訪れるだろう人生の終末。
どんな形でそれを迎えることになるかなんて、誰にも分からない。
来年も、ここでこうして桜を愛でることができるだろうか。
先のことは誰にも分からない。
――――― この桜はもうすぐ終わる。
fin.
壁‖u@ )<あとがき…