LessonOne
ぼくはタルタルで名前はキ・クルル。仲間内じゃキックって呼ばれてる。
冒険者になってから、長い間目標にしてきた黒魔道士のレベルも高レベルまで上げることが出来た昨今、なんだか急に気が抜けて
しまって金策にも出る事も少なくなって、なんとなく引き篭もりがちな日々を送っていた。
そんなぼんやりした平和ぼけのようなジュノの空の下を歩いていた時だった。ジュノ上層のミスラから人探しの依頼を受けたのが
きっかけで、ぼくには新しい友達が出来た。冒険者になってから初めて出来た「冒険者以外」の友達。
でも、友達だと思ってるのは、もしかしたらぼくだけかもしれないんだけどね…。
今日も彼を呼び出して、狩りに付き合ってもらう。
「シャナーン。こっちこっちー。」ノシノシ
「お待たせしました。お互い頑張りましょう。」
その友達の名前はシャナンディ。呼びにくいからシャナンって呼んでるけど。
生真面目で物腰が低くて、笑うととっても優しい目をするエルヴァーン。今まで会ってきたエルたちとは少し雰囲気が違う感じ。
何ていうか落ち着いてて、…う〜ん……とにかく優しい。雰囲気とか、特に笑顔が。
シャナンがくれた少し変わったパール。これでシャナンと連絡をとれば大概すぐに駆けつけてくれて、素材狩りや他にもあちこちの
散歩にも付き合ってくれる。今まで一緒に過ごした時間はそれなりに長いのに…。
でも、出会ってからもう一ヶ月以上も経つけど、なんだか彼は故意にぼくと距離をおいてるような気がしてしょうがない。
ほら、また今も。
時々狩りの途中で見せる、なんとも言えない怪訝そうな表情。最近特に増えたような気がする。
シャナンはぼくとの狩りが本当は嫌なんじゃないのかな。何だか無理してぼくの都合に付き合ってくれてるような気がしてきて、
呼び出すのもちょっと遠慮しようか…なんて最近思わなくもない。
つい先日、ジュノでシャナンを見かけた時に、そんな事を遠まわしに聞いてみてはみたものの「一緒に出かけるのは気に入って
ますよ。」と、いつもの笑顔でさらっと言われちゃうし。もしかしたら、ぼくに言えない事でもあるのかもしれない。
尤もぼくが一方的にシャナンを「友達」って思ってるだけだとしたら、それも当然なんだけどね。第一シャナンはぼくの事も「キ・クルル」
としか呼んでくれない。ぼくとしては「キック」って呼ばれ慣れてるから、その方が親しまれてる感じがして好きなんだけど。
その時に愛称で呼んで欲しいとも話してみたけど、やっぱり彼に苦笑いを返されただけだった。
「ふぅ…結構倒しましたね。それでは私は帰ります。また会いましょう。」
そして相変わらずあっさりとシャナンは帰っていく。
ぼくはいつでもこの瞬間、何とも言えない寂しさみたいなものを感じながらも、手を振って彼を見送るしかない。
まぁ、この狩場じゃシャナンにはちょっと荷が克ち過ぎるのかな。いつでも時間や狩場もぼくの都合で決めてるし、シャナンにしてみれば
面白くないだろう。
自分でも「ああ、また耳が垂れてる」って思うくらい、後ろ向きな自分自身を自覚する。
何でだろ…シャナンにもぼくの事を「友達」って思って欲しいのに。いつも言葉使いは必要以上に丁寧だし。シャナンとぼくとの間に
壁を感じずには居られない。
――何の前触れもなく、その場に残されたぼく。
独りでこんなところに居たって面白くもなんともない。実のところ、何をしに来たって訳でもないしね。
ぼくは仕方なくデジョンのスペルを唱えて、ジュノへ戻ることにした。
でも、そんな憂鬱もジュノに帰ってみて吹っ飛んだ。
その日、ジュノに戻ると意外な客人があったから。ぼくにとってはうれしい来客だった。
「ぃよーキック、おひさ〜。ゲンキだった?」
「リックじゃん!おかえり!!いつジュノに戻ってきたの?」
同じ顔をしたタルのリックはぼくの双子の兄貴で、本名はリ・クルル。同じく黒魔道士。
同じLSに所属はしてるんだけど、冒険者として早く強くなりたかったぼくとは違って、リックはレベル上げとかよりは探索好き。
そんなリックだからジュノやウィンは留守にしがちで、気が付くといつの間にかぼく達は冒険者としてのレベル差も開いちゃってた。
だから二人で一緒に何処かへ行く機会も少ない上に、リックはLSのパールもよく外してるから、今じゃ年に何回か顔を合わせる
くらいかな。
双子だし、凄く気は合うんだけどね。
そして思い出したように時々こうしてリックからぼくの前に現れては、それまでのお互いの冒険を語り合うのがぼくらの楽しみの
一つになっている。
リックに会ったその足で、そのままいつもの詩人の酒場へと向かう。
まだ日は高いけど、そんな事はお構いなし。だって久しぶりにリックに会ったんだから、きっと話す事も聞く事もたくさんある。
二人で飲んでる時間はとあっという間に過ぎていくのが常だからね。
酒も料理も随分進み、空いたお皿やジョッキがテーブルを埋め尽くす。
リックは今回も色んなところを探検してきたらしく、全く話は尽きない。一部は前回聞いた話も混じっていたけど、そんな事は
どうでもよかった。こうやってテーブルを挟んで麦酒をお互い飲み交わしながら聞くリックの話はいつも楽しい。
それはいつでもリックが冒険を心底楽しんでるからなんだろうなと、ぼくはと思う。ぼくが行きなれたエリアでも興味を持つところが
違うだけで、こうも見えるものが違うものなのかと、いつも感心させられる。それくらい、リックの話はいつでも新鮮に感じた。
しかし、本当に尽きない話の長さに、そろそろぼくは最初に聞く側に回ってしまった事を後悔し始めていた。
何杯目のジョッキだったか、もう数えてなかったけど。手に持った杯の残りをくぃっと煽ると、酒臭い息を吐きながらやっとリックが話を
ぼくに振って来た。
「でさ、最近のキックはどうなのよ?」
「ぼく?ん〜、さして変わりなしってとこかな?最近じゃレベル上げもしてないし、新しい狩場にも行ってないからねぇ。」
自分でもそう言ってみてちょっと驚いた。
リックに会ったらあれもこれも話そうって思ってたことが沢山あったはずなのに。なんだろうか、今のこのぼくの無気力さ加減は?
「あれー、えらく淡白じゃん。らしくないねぇ。他のジョブとか上げる気ないの?」
「それもありなんだけどね。なんか最近レベル上げも疲れちゃったかなぁ。…なんてね。」
思わず溜息が漏れてしまった。
確かに最後あたりのレベル上げなんかは、同じ狩場に今までになく長期間張り付いて、延々と獲物を駆る作業を続けていたし。
得てしてレベル上げなんてそんなもので、それが好きだったんだけど。でも、ちょっと全力疾走しすぎたのかなと思わなくもない。
「LSの皆に聞いたぞ、最近キックの付き合いが悪いって。レベルも上がったんだから金策とか、出来る事たくさんあるんだろう?」
「ん、確かに出来る事は増えたね。けど、なんだか乗り気じゃなくてさ…」
「あれまぁ、なんかブルー入ってるかな?何か悩みがあるなら、おにぃちゃんに言ってみなさい?」
「えー、ここで愚痴ちゃったら、ただの酔っ払いのおやぢじゃん。」
あからさまに眉を顰めて嫌そうな表情をリックに向かってを作ってみせる。
そんな表情はして見せても、リックが引っ込む訳がないのも知っていたし、ぼくも話のネタには困っていたし…何より誰かに聞いて
欲しかったってのもあったから、どうせ吐き出しちゃうつもりなんだけど。
「お前ねぇ…『おやぢ』じゃないだろ?俺たちは冒険者としちゃ、これでも若い方じゃん。それに俺以外の誰に言うの?ほれほれ。」
ぼくの事を心配してくれてる態度なんて微塵もない、興味津々なリック。
恋の悩みでも出てくるんじゃないかって期待でもしてるんだろうけど、お生憎様。ここのところ、そんな色恋沙汰に全く縁なんてないんだ
よねぇ。そこまで考えて、それも虚しさを倍増させられるって事に気が付いて、余計にブルー入っちゃいそうになる。
「ぼくが友達って思ってる人がさ、えらくつれないんだよねぇ。付き合いはいい人なのに何か壁を感じちゃうんだ。ぼく、嫌われてる
のかもな…」
「友達ぃ!?何、それってヤローか?」
案の定のリックの反応に思わず吹き出しそうになる。やっぱり恋物語を期待してたらしい。
「そそ、エルオさん。残念だったね〜、色気なんてなくてさ。」
「まぁ、そんなこったろうとは思ってたけどねぇ…」
残念そうに溜息をつくリックをみながら、してやったりと舌を出してみせる。
多分、それはお互い様なんだよね。色気と縁がないってさ。
「でさ、その人シャナンディって言うんだけど。そのシャナンってのが、知り合ってから一緒に狩りもする機会も多かったのに、
なかなか打ち解けてくれないんだよ。」
「ふ〜ん…例えば?」
溜息なんてついて見せても、それでもぼくの話は聞いてくれるつもりらしい。
空になったジョッキを片手に持ちながらも耳を傾けてくれる。
「無駄に丁寧なもの言いだったりとか。」
「まぁ、それはその人の性格にもよるけど。他には?」
「一緒に狩りをしててもあまり楽しそうじゃないって言うか、嫌そうな表情をするときもあるし…」
「…他には?」
「狩り意外では殆ど付き合がいない。」
あ、なんだかリックの表情が…段々呆れ顔になってきた……。
「……他には…?」
「……ぼくを呼ぶ時はフルネーム。」
「……………。」
「なのにこっちから誘えば、必ずと言っていいほどちゃんと待ち合わせ場所に来るんだよねぇ。訳わかんないでしょ?」
「ふ〜ん…………訳分からんなぁ。」
だよねー…。
ぼくはリックの言葉に応えるように小さく肩をすくめて見せた。
そして、丁度横を通りかかったウェイターを捕まえて、麦酒を追加オーダーする。もちろんリックと二人分。
「ジョブは?何やってる人なの?」
「えーっと…ジョブってのはないみたい。冒険者じゃないからねぇ。」
「はぁ!?」
リックは素っ頓狂な声を上げた。テーブルに手をつきてガタンと音をさせて椅子から立ち上がる。
――正確には椅子の上に立ち上がったわけだけど。
その拍子にテーブルを埋め尽くしていたお皿がガチャンとぶつかり合う音が大きく響いて、店内のあちこちから視線を浴びる事に
なった。
まぁ、リックの驚き様も無理はない。ぼくだって最初はかなり戸惑ったものね。
「冒険者じゃないのに狩りに出るのか!?」
「うん。」
「だったらアルタナの加護は完璧じゃないんだぞ!?いざって時にレイズ使えないじゃん!!」
「…うん。」
「ちょっwwおまっwwww分かってて、そんな奴連れてフィールドうろついてんのか!?」
「……うん…」
「たはぁー…」
片手で顔を押さえながら、呆れて椅子に座りなおすリック。
うーん…やっぱこれってマズイんだよなぁ。どう考えても…。
ぼくがシャナンに付き合ってもらう場所は、殆どの場合シャナンにとっては強すぎるモンスターが居るところばかり。そんな場所へ
彼を呼び出すんだから、ぼくにもそれ相応の責任ってものも生じる。
魔道士系アタッカーで、しかも体力も防御力も薄っぺらくて盾になり様がないぼくには…この先その責任は負いきれないかもしれない。
冒険者でもない一般人の、人一人の命を預かる事だもんね。当然といえば当然だ。
いくらシャナンが面と向かって嫌がらないからといっても、それに甘えすぎてた自分に今更ながら気がつかされた。
やっぱりだめかな…冒険者でもないシャナンと一緒に旅したいなんて、贅沢な欲なのかもしれない。
「お前の話を聞く限り、向こうは少なくともお前の事を友達とは思ってなさそうだしな…」
そう言って、一つ大きな溜息をつくとリックはぼくの目をじっと覗き込んできた。
「お前さ、冒険者としちゃ、もうベテランだろう?素人を連れて狩りだなんて…その程度の分別位は持てよ。」
珍しくリックが兄らしい顔を見せる。
「…うん……ごめん、ちょっと浮かれてたみたい。」
「謝んのは俺に、じゃないだろ?」
こんな時はちゃんとぼくの事を心配してくれてるんだって、知ってるから。だからそれ以上はぼくも何も言えなかった。
ウェイターが麦酒を運んできてぼくらの前に置く。お互いそのジョッキに無言で手を伸ばし、そして二人ともその中身を全部は
空けられなかった。
リックと飲んで、こんな暗い気分で酒場を後にしたのは何年か前に大失恋した時以来かもな…。
夜風にあたりながらしょげたぼくの頭を、ポンポンとリックに叩かれる。
「今度は俺が相手してやっからさ、そんなにしょげんなって。」
「…うん。」
リックと一緒に冒険へ出かける。それも楽しみの一つではあった筈なんだけど、それでもこの時、その楽しみの予感さえもぼくの気分を
上向きにはしてくれなかった。
そんなぼくの様子に、リックもひっそりと溜息をついていた。
おやすみの挨拶を交わしてリックと分かれてから、ぼくは左耳に付けていたパールをそっと外した。
リンクシェル・パールとは少し違った、変わったパール。シャナンから貰った、シャナンと連絡を取る為だけのシグナパール。
それはぼくだけが持てる、シャナンとは特別な関係だって証みたいなものだったけど…これも明日、彼に返そう。
そしてそのパールをぼくはチュニックのポケットに仕舞いこんだ。
でも、ぼくはそれから何日もそのパールをポケットに仕舞ったまま、シャナンと連絡をとれずに居た。
用があった時のために待ち合わせ場所と決めていた、ルルデの庭の一角にも近寄ってない。
かといって、一人で何処かへ出かける気にもなれず、ぼくはジュノ上層チョコボ前の競売前でたたずんでいた。
「今日も何処へも出かけないんですか、キ・クルル?」
急に後ろから声をかけられて、ぼくは振り返った。
あれ?視界は誰かの足だらけ。
…えーっと…上?かな?
後ろを振り返ったまま、ほぼ真上を見上げると、遥か上に最近見慣れた顔があった。
「急に連絡がこなくなって…探しましたよ。」
その声はシャナンだった。
よりにもよって、今会いたくない人ワーストワンなこの人に見付かるなんて。
…でも、ほけーっとジュノをほっつき歩いてりゃ見付かるよな。ぼくも大概マヌケだ。
見慣れたその優しげなエルヴァーンの表情は、でもいつものような笑顔じゃなかった。
「少し話があるんですが、いいですか?」
シャナンのその翳ったような表情と声色がちょっと気にはなったけど、そう言われて、ぼくはただ黙って彼の後をついていった。
ついて行った先はいつもの待ち合わせ場所にしていたルルデの一角。街灯の下で足を止めたシャナン。
「私、ここが気に入ってるんです。」
そういって、シャナンはぼくの方を振り返り、じっと上から見下ろされる。
シャナンの瞳は優しげなのに、いつもと違って今日は笑わない。そのくすんだ青い色の視線が痛くて、ぼくは目を逸らしてしまった。
こんな空気は嫌だ。
何を言われるかとか、そんな事は分からないけど…気まずさを増長させてるのが自分だって分かってても、それでも逃げてしまいたい。
………だったら…嫌な事は早く終らせてしまえ!
ぼくは意を決してポケットの中に仕舞ったままにしていたシグナパールをつかみ出し、めいっぱいその手を前に突き出した。
「シャナン。……ごめっ……これ…」
「パールを返すだなんて、言い出さないで下さいね。」
言いかけたぼくの言葉をシャナンの声が遮った。少し寂しげにも見える表情で、でも落ち着いたテノールな声に一瞬ぼくの心臓が
跳ね上げられる。驚いて一瞬息も詰まるって、きっとこういうのを言うんだ。
「…え…?」
ぼくがこの数日に何を考えていたのかをまるで知ってるような言い方に驚いて、ぼくが聞き返すとその表情が一層困ったように眉を
顰める。
そして申し訳なさそうに…
「あなたがお兄さんと会われていた日、私も酒場に居たんです。…すみません…立ち聞きするつもりじゃなかたんですが。」
「…あはっ……聞いちゃってたのか……」
なんだ…色々説明する手間が省けちゃった。
別に陰口を言ってたわけでもないのに、何故か会話を聞かれてたのが後ろめたくて、とても顔を上げてなんていられなかった。
「だったら分かるよね。ぼくが君とは一緒に…」
「それは私にレイズが有効でないからという、その理由だけですか?」
「…うっ…」
「だったら安心してください。確かに蘇生魔法レイズは私には無効ですが、私にもあなた方冒険者のいう「ホームポイントへ帰る」に
似たことは出来るんです。まぁ、私の家の家業柄といいますか…詳しくはお話できないんですが。」
「へ?それ…初耳。」
「ああ、すみません。最初に説明が不足してましたね。」
意外な答えに驚いてしまって、自分が言った事がちょっと的外れだった事に気が付くのに、数秒掛かってしまった。
「いやっ!そうじゃなくてっっ…!だからって、シャナンに負担が掛かる事には変わりないじゃない。それが『死』じゃないってだけでさ。」
慌てて頭をぶんぶん振って、否定する。
あれの辛さはぼく達冒険者は皆良く知ってる。いくら完全な『死』が避けれるからと言ってもあの身体を急速に一から再生させられる
感覚は何度経験しても慣れるもんじゃない…
「それはあなた方冒険者だって同じでしょう?」
「君は冒険者じゃないじゃない!」
そうだよ!あんな思いを冒険者でもないシャナンがすることないんだ。……してほしくないし。
第一、必ず…絶対にキミを守る事なんて、ぼくには約束できないんだもの。
「そ…それに、ぼくにこのパールをくれたのだって、君の持つ不思議な鏡にぼくが映ったってだけでしょう?」
「…そうですね。最初は確かにそうでした。」
そう、実は僕の中でこれが一番引っ掛かっていた部分。
あんなに付き合いよくしてくれてはいたけど…実は最初にシャナンがこのパールをぼくにくれたのだって、あの時例の鏡に一瞬ぼくが
映って見えたってだけの話なんだら。それが実のところ何を意味してるのかなんて、ぼくだけじゃなく、きっとシャナンにだって分かって
ない。
ただ、鏡に導かれるままシャナンはジュノへ来て、ぼくとパールを共有する仲になった。けど、それも実はこれからシャナンが背負う
運命の、ただの一つのステップに過ぎないかも知れない。
「じゃあさ、君の意思は?君がぼくの狩りに付き合ってくれてるのって、ただその鏡のせいなんじゃないの?本当は君自身は
嫌なんじゃないの?あんな危険な場所にぼくの都合ばかりで呼び出されてさっ。」
きっと、シャナンはただ家に代々伝わるってあの鏡の言うままなんだ。多分その「家業」とやらに関わりがあるのかもしれないけど、
そんな事…ぼくの知ったことじゃないんだ。そんな事でぼくを振り回さないでよっ!
もう、後半はまくし立てるような勢いだった。
これじゃまるで駄々を捏ねてる子供と同じだな…。
ぼくの中のどこかにフラストレーションが溜まってたんだろうね。
そう言えば、これまでマンネリ化していたレベル上げやなんだで、それなりにぼくも疲れてたっけ。…なんて改めて実感してみる。
初めて冒険を始めた頃のように、簡単に友達も出来なくなって。仲間内でもフレ同士でも、お互いがお互いを利用してるとか思われない
ように何処かで一線を引くようになって。遠慮しがちになっちゃって。疎遠になっていった人たちも少なくない。
自分の性分が招いた事なんだって薄々分かってても、そんな日常がぼくには寂しかったのかもしれない。
半泣き状態のぼくを、シャナンも持て余したみたいで。困ったようにじっと見られてるなって、上から視線が注がれてきていて痛いほど
分かる。
「私の話を少し聞いていただけますか?」
いつも通り落ち着いてたシャナンの声が一層静かに上から降ってきた。そしてゆっくりと傍の生垣の淵に腰掛ける。
見上げると、座ったシャナンと視線がいくらか近くなる。
「私の母は冒険者でした。その話を聞きながら育った私は、小さい頃から世界中を旅して回る冒険者に憧れていました。自分も
大人になれば冒険者になるんだと、そう決めていたんです。」
そしてにっこりとぼくに笑いかける。
そうだったんだ。だから冒険者のように自らフィールドへ出てみたり…なんて事も躊躇わなかったのか。
シャナンと初めて出会ったときも、そう言えば一人でエルディーム古墳まで行ったりと結構無茶してたもんな。
「でも、私は家を継ぐ身としてそれを許されなかった。そんな私から見れば、あなたは憧れなんです。小さい頃から憧れていた姿
そのままなんです。」
「…ぼくが?このぼくが?君の憧れ!?」
どっちかというと、何時でも人の足を引っ張ってる側のぼくが、そんな事を言われた事なんてなくって…一瞬頭の中が真っ白になる。
だってLSの後輩からだって「ヘボ墨」呼ばわりされる事も少なくないこのぼくが。憧れ!?それ、絶対おかしいよ!!
ぶんぶんと顔を横に振って否定する。何をって言われると困るんだけど…とにかくそれは、どこかおかしいと頭がパニックを起こしてる。
…うわぁ…ぼく、今すっごい挙動不審だぁっ。
って思っちゃうと、余計に焦っちゃってどうにもならない。
そんなぼくの様子に一瞬驚いたようだったけど、くすりと笑う声がして、再びシャナンを見上げると彼の顔はいつものように笑っていた。
「なんら不思議ではないでしょう?あなただって、きっと冒険者になったばかりの頃は、経験豊かな先輩たちに憧れたりしたのでは
ないですか?」
確かに、そんな風に感じた事はある。今だって「ヘボ」なぼくかららは、効率よく立ち回れる人にやっぱり憧れたりするもんね…。
レベルが高いか低いかって事より、出来る事を精一杯、そして無駄なく…そんな風にぼくも出来たらなんて思う事はいつもの事。
だから人に憧れる気持ちってのはわかるけど…
「………」
いつでも落ち着きなんてなくて、パニックになりやすくて、小心者。慣れた場所でさえ迷子にだってよくなるし。
何でぼくは冒険者なんてやってるんだろう…。
結局、ぼくは自分の不甲斐なさを勝手に再認識してしまって。シャナンが言った憧れなんてものとは、やっぱり自分はかけ離れてるって
事を思い知らされてしまった。
元々感情の起伏は激しい方だけど、最近はほんと自分でも情けないくらい簡単に凹む。そして、そんな自分にまた自己嫌悪する。
その繰り返し…。
「……確かに…今はそんな風にぼくの事も見えるかもしれないけど……」
「私に『あなたがどう見える』かは、あなたではなくて、私が感じる事ですよ。」
そう言って笑って見せたシャナンの笑顔に、更に物悲しさを誘われる。
黒魔道士でこのレベルにあって、冒険者としてのぼくがどの程度のものなのか。それは自分が一番よく知ってるんだから。
そんな言葉に甘えられる程ぼくだってもう子供じゃない。悪いけど、そのセリフじゃ今のぼくの慰めにはならないよ…。
何でそうやってぼくに付いて来たいなんて言ってくれるのか本当のところは分からないけど、じゃあ、時々見せるあの怪訝な表情は
一体なんなの?言ってる事と態度がさ、一致しないんだけど、君。
本当はパールを返されちゃうと困る事情とかあるんじゃないの?
――なんて勘ぐっちゃう自分も嫌なもんだね…。
パニックになってみたり、落ち込んでみたりと忙しいぼくに呆れたのか、シャナンが小さく溜息をついて生垣から立ち上がる。
そしてしゃがみ込むように姿勢を低くして、ぼくの目をじっと覗き込んできた。
なんだかあやされてる子供の気分だ。いや…ただぼくがタルだから背が低いだけで、シャナンにすれば、そんなつもりはないんだろう
けど。
あんまりにもじっと見詰められて、目を合わせていられずにそっぽを向く。
こんな情けない顔なんてそんなにじっくり見ないで欲しい。
「私はただ、あなたと一緒に旅がしたいんです。一緒に狩にも出て、一緒に過ごしていきたいんです。」
それはいつもよりほんの少し低めで、静かな声だった。
「キ・クルルにとって私はただの足手まといだという事も承知しています。それでも、多少迷惑だと思われたとしても、私は
あなたと一緒に居たいと思ってます。……だから、こっちを向いてください。」
そう言われて、おずおずとシャナンの方を向き直る…。
目の前のエルヴァーンの顔はいつもとは違っていて、凄く真面目な顔で、どことなくその長い耳も垂れ気味なようにも見えた。
それで…なんでぼくはその表情を見て妙に緊張したりして、ドキドキしてるんだろ?頭の中が緊張感でパンパンに張ってるような
ヘンな感じで、思考が旨く回らない。なんか…眩暈しそうだ……。
と、いうか、シャナン?何でそんなに切なそうな顔をするわけ?
そういう顔は女の子相手にしなさいってばっ。
いや、そうじゃなくて自分っ!
エルヴァーン特有の整った顔立ちであんな表情をされて……呆気にとられていたぼくは、はっと我に帰ってふるふると頭を振った。
「それじゃ聞くけど。…どうしてぼくと狩りをしてる時、時々不機嫌そうな顔をするわけ?」
そうだよ!そこをハッキリさせてくれなきゃ。そもそもソレが原因で、ここ最近のぼくは無駄にブルーになってみたりと、一人で空回り
しっぱなしなんだから。
ところがぼくにそう問われたシャナンはさっきとは打って変わって、一瞬ぽかーんとした表情をしたかと思うと、何かを考え込むように
腕組みをしてしまった。
あれぇ?なんだか予想外の反応なんだけど…?
しかも、暫らくそのまま固まったように動かないシャナン。
おーい、シャナーン。何処か遠くまで行ってませんかー?
「………私、そんな顔をしてましたか?」
暫らくして、ぼくの心配を知ってらずかふっと戻ってきたシャナンに、しごくマジメな顔でじっとこっちを見返される。
どうやら誤魔化してるとか、そんな感じじゃなさそうだなぁ。これはホントに分かってないって顔してる……。
あんなにはっきりと憂鬱そうな表情を時々見せてたくせに、自覚ないなんて有り得ないよな。どういうこと?
「思いっきりしてた。最近特に多くなってたし。」
「それは……」
なんだか凄く困った顔しをして、シャナンはそれっきりぷつんと黙り込んでしまった。
なんなんだろうか、この反応は?
シャナンのそんな態度をどう解釈していいものか、ぼくにも分からなくて、今度はこっちが彼の顔を覗き込む番になってしまった。
…こんな戸惑ったシャナンは始めて見るや。なんてふと思う。物珍しさっていうのかな、こういうの。なんとなく新鮮に感じなくもなくて、
ぼくはじっと彼の顔を見上げていた。
この目の前のエルヴァーンはぼくと居る時以外に、普段どんな顔をするんだろうか?
狩りの時に少し怪訝な表情を見せる事はあったけど、それでもぼくに向けられていた表情の殆どはいつも笑顔だったシャナン。
それが誰にでも向けられる類の笑顔だろうって事は分かっているけど、それでもぼくはその笑顔が嬉しかった。そして、これからも
その笑顔を見たいと思ってしまった。だから無理やり「友達になりたい」なんて発想になったんだ…きっと。
多分、好きなんだろうな。ぼく…シャナンのことが。
もっと彼のことを知りたい。
本当に単純に、ただ頭に浮かぶようにそう思った。
「ねぇ。シャナンはぼくの事、好き?」
そして何の気構えもなしに、ただ単純に「スキ」か「キライ」か。そうシャナンに尋ねた。
――つもりだった。
「なっ……な、何を言い出すんですかっ!?」
咄嗟にそう答えてきたシャナンの顔は
真っ赤だった。
そう言わずしてどう表現できるだろうかというくらい、あっという間に耳まで真っ赤になって、あたふたと慌てて両手を宙で泳がせている。
もう、呆気にとられるしかなかった。
そんなに慌てられるような事をぼくは言った?
どう見ても、照れて茹蛸になってるようにしか…見えないよ、シャナン?
「ただ、私はっ……あなたが傷つくのを見ているのが辛かっただけで……」
あれ、何の話をしてるんだっけ…?
あぁ、そうだ。何で狩りの時に嫌そうな顔をするのか、だったような。
「……すみません…」
そして急に情けなく耳を垂れさせたエルヴァーンは、項垂れるようにぼくに頭を下げてみせたのだ。
何が…?ぼくに謝るような事が君にはあるの?
もう、さっきの茹蛸な反応といい、急に誤られることといい、シャナンに驚かされっぱなしのぼくは唯でさえどんぐり眼な目を
一層大きく見開いて、シャナンの様子を見ているしかなかった。自覚はなかったけど、口も半開きだったかもしれない…。
「こんな事…ベテランの冒険者の方に向かって言う事じゃないのは分かってるんです。」
「え…?何の事を言ってるの??」
「あなたが冒険者としては最高位で、とても強い事は知っています。…知っていますが。」
なんだか、もうシャナンはぼくの事を置いて、一人でどこかに居るんじゃないかと思ってしまうほど、全く視線を合わそうとしない。
何故だかぼくはそんなシャナンを見ていて、胸の奥からにじみ出てくるような哀しさを感じ始めていた。
シャナンにこんな顔をさせているのは、自分なのかもしれない。自分の何が悪いとか、そういった事は何も分からなかったけれど、
でも、確かにぼくがシャナンの気持ちに影を落とさせている事はなんとなく分かったから…。
「その小さな身体であんなに強いモンスターの攻撃に耐えて、傷ついてはケアルで傷を塞いでいる姿が…見るに絶えなくて…
…その、信頼してないと言うわけではないんです。が…」
なんだって!?
そんな事、冒険者なんだから――
「………ぼくにとっては日常茶飯事なんだけど?」
冒険者として前に進む為に。生きる為に。
初めて黒魔道士になったその日から身体に刷り込んできた、辛くても当然としてきた行動を、今更そんな風に言われるなんて
思ってもいなかった。
「それが見てて辛いって言うなら…やっぱり、ぼくは君の傍に居ない方がいいんじゃない?」
これが冒険者といしての生活しか知らないぼくからは当然の発想だった。
でも。
それはシャナンにとっては別世界の事。その事を、その時のぼくは知らなかった。
「何度も同じ事を言わせないで下さい!私はあなたと一緒に居たいと言ってるじゃありませんか!!」
「――っ!?」
そう言ったシャナンの声は大きくはなかったけれど、不意を突かれたとはいえ思えわず身体を引いてしまう程強烈だった。
怒った!?あのシャナンが、ナンデ!?
一瞬だけ険しい表情を見せたシャナンだったけど、直ぐにバツが悪そうにぼくから視線だけ外してしまった。
「と…っ、兎に角私はパールを受け取るつもりはありませんからっ。」
戸惑った口調でそう言うなり、きびすを返してその場から逃れるように立ち去ろうとしたシャナンに気が付いて、咄嗟に装備の裾を
捕まえる。
まてまてっ、このまま放置されちゃ、ぼくの方がたまらないよっ!
「待ってってば!」
装備の裾を捕まれて、そのままぼくを引きずっちゃまずいと思ったのかもしれない。案外素直にシャナンの足は止まった。
けど、逃げようとするシャナンを捕まえてはみたものの、彼はぼくの方を見ようともしてくれなかった。
でも、でも、シャナンがぼくを嫌ってないんだって事は分かったんだよ!
だから…
「分かった、分かったからっ。パールは返さないよ!」
ぼくの言葉に振り返ったシャナンの顔は少し驚いていたようにも見えた。
「その代わり、ぼくと友達になって!!」
「……………」
けれど、ぼくのその一言にシャナンの表情がまたも曇ってしまった。
沈黙が二人の間に気まずい空気を運んでくる…。
嫌われてないなら、友達にもなれるんじゃないかって思うのはぼくの勝手な発想だってのは分かってるけど…
でもさ、何でそこで黙っちゃうの!?
特別な親友なりになろうって言ってるんじゃないのに。ただ、もう少しだけ親しくなりたいのに。そんな事も難しいの?
「……私は……ただの…………」
「…………え?」
沈黙を破ってシャナンの情けないような細い声がした。
そのシャナンの言葉の最後の方がよく聞き取れなかったんだけど。
けど……
「あっ」
シャナンの言葉の真意を解釈しあぐねていたぼくが一瞬油断した隙に、シャナンはぼくの手を振り解いて、走っていってしまった。
――ただの友達になんてなりたくありません。
最後の一言だけど、そう言われたような気がした…
「あーあ、泣かしたな。」
「ぅわぁっ!」
いきなり近くで聞きなれた声に襲われて、心臓が跳ね上がった。
振り向くと、そこにはぼくの顔があった。
「リックっ!」
とっくにジュノを離れたとばかり思っていたのに、よりにもよって何でルルデに居るんですか、おにぃさん!?
とぼけた表情でまじまじとぼくを見ているリック。どうやらさっきのやり取りをどこからか見てたらしいのは直ぐに分かった。
「…いつからそこに居たの?」
「んー、ほぼ最初のあたりから…かな?」
「うわっ…ヒドイ。立ち聞き!?」
「うん、立ち聞き。」
「Σ(゚Д゚)」
「だーって、かわいい弟が心配じゃんよ。」
リックは悪びれた様子なんて微塵も見せずにバンバンとぼくの背中を叩いてみせた。
そして意味ありげにニヤリと笑うと、その顔をぼくに近づけてきて、じぃ…っとその大きな瞳で目を覗き込まれる。
「…な、なにさ?」
「ふむ…。ま、あそこまでご本人が覚悟なさってるんなら、パールは返さなくてもおkでしょ。」
「う…うん。」
「それよりキックさん?」
「はい?」
急に真剣な表情をして更にずいっと近寄ってくるリックに、唯事ならぬ気配を感じて、じりじりと後ずさりする…。
な、な、なになに!?
ぼく、何か悪い事でもしましたかね!?
「得てして自分事には鈍くなるのがヒトってもんですがね…」
「…はぃ」
叱られる子供みたいにしんみりとしてると、いきなりリックが笑い出した。
「おまい鈍すぎwwwww」
「は!?」
ヒィヒィ言いながらおなかまで抱えて笑われてますが…なんで!?
どうして、ぼくがそこまで笑われるわけ!?
急な展開に頭がついていかなくて、脳味噌がぐるぐるする。
「な…なななな、何で笑ってんのっ!?」
ちょtt…リック笑いすぎ!!
ぼくだって怒るよ!?
「いいヒトじゃないよ。おにぃちゃんは反対しないよ?」
「っ!?…だからっ何の話だよ!!」
「お前だって、ホントはわかってんでしょ?似合わず赤面なんてしちゃってさ。――それとも、そんなトコまで俺に面倒見させる気?」
「っっ!!!!!!!1!」
リックのこの反応は…それって、やっぱり…………
リックは「ああ苦しかった」とか言いながら、やっと笑うのを止めた。
ひとしきり笑って気が済んだんだろうか。
「シャナンって言ったっけ?あのヒト。あんまり泣かしなさんなよ?」
最後にそれだけ言って、またぼくの背中をばしばし叩くリック。
そして、そのまま「じゃ。」と短く挨拶して、ぼくに背を向けた。
いつもの別れの挨拶。
これからジュノを出るからと、きっと挨拶に来てくれたんだろう。
…間が悪いったらないんだけど。
リックがモグハウスへ向かう道を曲がってその背中が見えなくなると、ぼくは反対にシャナンが消えていった方へと視線を向けた。
変にリックに炊きつけられちゃったような気がしなくもないんだけど…。
もしそうなら…実はまんざらでもないかも、なんて思っちゃってる自分に気が付く。
……期待しちゃっていいのかな…シャナン……?
今日もジュノの空は穏やかな天気。
心地のいい風がすっと身体の横を通り過ぎて、秋の気配を残していく。
季節が変わろうとしていた。
★ おしまい ★
(´・ω・`)<後書きデス。
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