苦しくて、目が覚めた。

 

あれから何度も何度も…奴にやられた。

 

俺が嫌がって激しく抵抗しようものなら、再び薬で意識を半分落とされて…

……何度も強引なやり方で……

 

でも、実際には薬を使われたはその後二回だけ。

一度オトコに抱かれる事を思い出した俺の身体は、どんなに屈辱的であっても快楽の予感に簡単に身体を開いてしまうまでに落ちていた。

 

オトコの身体は性欲に貪欲で従順で単純だとは自覚してはいたが、改めてそれを自分の身体で体験させられるハメになるとはね…。

 

体中が痛い。

感情も湧いてこない。

だるい…うっとうしい……。

 

薬で胃は荒れて痛てぇし。下腹も、何度も奴に使われて最悪な状態。

出来ることならハラワタごと取り出して捨ててしまいたいくらいだった。

幾分後処理はしてくれてはいたからまだマシなんだろうが、俺の身体は「ぼろぼろ」って言葉がぴったりな状態だった。

 

 

どれくらい、この部屋に居たのか…

今が夜なのか、昼なのか。

窓のないこの部屋からは、それすらも分からない。

 

 

…そう言えば、デュランは?

 

目が覚めたというよりは気が付いてから、奴の気配がないのに気が付くのにどれくらいかかっただろう。時間の感覚もない。

――相当体力も気力も落ちてるな…

自覚した途端に身動きする気さえしなくなった。

 

なんて醜態だよ…

 

痙攣のように嗚咽しようとする胃の動きに、時々身体にヒクヒクと力が入りはするがそれ以上は腑抜けになった身体は反応しない。

痛くてそれ以上動けない。

 

嗚咽と痛みだけでまた疲れきった俺は、いつの間にか再び眠りに落ちていた。

 

 

 

 

それから目が覚めたのは、ドアが開く気配がしたときだった。

 

「起こしたか?」

 

ぼんやりとした頭にデュランの声が聞こえたが、その声に警戒するだけの気力さえ俺には残っていなかった。

無言のまま視線だけを声のほうへ向けた。

 

……なんだ?

見たこともない装備なんて着やがって…

ああ…そういえば、こいつは俺と出会うずっと以前はシーフだったって、誰かに聞いたことがあったっけな……

 

そのとき俺は何故デュランがそんなシーフの格好をしてるかなんて、気にも留めていなかった。

 

「土産だ。」

 

そう言って、デュランが俺が寝ているベッドに放り込んだものがあった。

どんなものか見てはいなかったし興味もなかったが、俺のすぐ横に落ちたもののその振動に、ちょっとした大きさのものであることは知れた。

 

………そして、こんな室内であまり嗅ぐ事のない、だが別の場所では嗅ぎ慣れたその異臭に俺の体は反射的に跳ね起きていた。

その自分の動きで身体の至るところに痛みが走ったが、野生的な感覚がその痛みに怯む事を許さなかった。

 

…血の匂いだ。

しかもかなり新しい血の匂い!

 

「……なん…なんだよ……これは……」

 

その問いにデュランは答えない。

ただ薄笑いを口元に浮かべ、いつものように感情の読めない蒼い瞳を俺に向けているだけ。

ハウス内ではあり得ないその光景に、俺は自分が見ているものが一瞬なんなのか分からなかった。

いや、その正体を正直分かりたくなかった。

なのに、そのモノから視線が外せない…

 

 

――腕だ。

これはヒトの腕だ。二の腕からスッパリと斬られた、ヒトの腕。

傷口からはまだ真っ緋な液体が滴り落ちんばかりに未だに滲み出している。

切り取られてから、まだ数分と経っていないのだろう。

 

恐る恐る、その無造作に放置された腕に手を伸ばす…

切り口から絶えず滴る緋い血が、白いシーツを鮮やかに染め続けている。

そして、触れたその動かない腕はまだ柔らかく、暖かかった。

 

少し線の細い、女性らしい腕。でも筋肉は鍛えられていて古傷らしい跡も少なくない。

その腕が冒険者のものだろう事は容易に想像できた。

そして………その古傷に俺は見覚えがあった。

その事に思い当たった途端、卒倒しそうになった。俺の頭から急激に血の気が引いていく音を聞いたような…

 

コレは俺が最も見慣れている、ミスラの腕だ…

 

俺の表情が変わったのを見て、デュランの口の端が更に釣り上がりにやりと笑ったのが見えた。

 

「あいつに何をした!?」

「ほう。腕だけでこれが誰のものか分かるほど、親しい人間がいるのかい?」

 

奴のその返答に嫌な「予感」は「確信」に変わった。

…わざと……

俺をこれ以上脅してどうしようって言うんだコイツは。

 

「これは正当な取引の代償だよ。」

「取引!?一体どんな取引をすりゃ…腕を切り落とすような事が許されるんだよ!!」

「お前が知る必要はないだろう?私たちの問題だ、お前が口を出せることじゃない。」

 

その言葉に唖然とした。

一体奴が何を言っているのか、俺にはさっぱり理解できなかった。

取引?…ラチャの腕が代償…?一体どんなやり取りをすりゃ、こんな取引が事が成り立つんだ。

どんな必要があってそんな取引がされたんだ!?一体ラチャは腕の代償に何を得たんだ?

奴との間に、モンクの命とも言える腕を切り落とされても、尚得る価値のあるものがラチャに存在するのか!?

 

応えのない問いがめまぐるしく頭の中をよぎっていく。

だが、そんな混乱していた俺を他所に、その動かなくなった残酷な名残であるミスラの腕は、白くやわらかい光に包まれたかと思うと

目の前から消え去っていった。

 

「ふん…つまらん。アルタナの加護とやらも無粋だな…」

 

その光景に呆気に取られていた俺の横で、鼻を鳴らすようにさも面白くなさげに舌打ちをしたデュラン。

奴の言葉から持ち主へその腕が帰っていった事を知り、肩の力が一気に抜ける。

しかし、ミスラの腕が切り取られてここに在った事実は、シーツに残った鮮やかな血痕とその血臭が忘れさせてはくれなかった。

 

俺が最も恐れていた事が…起こったのだ。

 

「『仲間』や『大事なモノ』がある奴は何かと大変だな…?」

 

俺に向けられたのか…それともラチャに向けられたのか分からないその言葉に、俺は何も反応できなかった。

いや、そうじゃなくて。反応すらしたくなかった。

もう、デュランの姿を見ていたくも、その声も聞いていたくもない。

何を言われても雑音でしかなく、嫌悪以外の何も沸いてこない。

 

…俺に構うんじゃねぇよ……

 

 

俺を脅しているだけで満足していて欲しかった。

周りを巻き込んで欲しくなかった…

開放される事がなかったとしても、それだけはされたくなかったのに。

だから、奴に完全に縛られていた3年前までは身近な人間は作れなかった。人付き合いが恐怖でしかなかった。

やっと…デュランから開放されて、やっと手に入れた俺の世界だったのに……。

 

――奴は俺の事を知りすぎている。

 

マジで

『デュランを消さなきゃ』

その考えに俺は取り捕り付かれていた。

俺が俺で在る為に、奴の存在を消す事が必要最低限の条件なんじゃないのか?

自由を手に入れるためにはそれしかない。

 

どれくらいの間シーツの緋いシミを見詰めていただろうか…

シミの淵が赤黒っぽく変色し始めた頃、不意にドアが閉まる音がした。その音に俺の身体がビクンと反応して、我に返った。

デュランが部屋を出て行った音だった。

 

――やばい。

俺の頭の中で、赤い警告の光らひきものが忙しなく回り出す。

これ以上アイツを野放しにしてはいけないと、赤い光が脳裏で俺を激しく揺さぶっている。

 

いつ脱ぎ捨てたか分からないシワだらけのチュニックに袖を通して、俺は慌てて奴の後を追おうと立ち上がった。

けど、ベッドから足を床につけた途端。

天地がひっくり返りそうな眩暈と全身の疲労だか痛みだか分からないものに襲われて、そのまま床につんのめる様に倒れこむ始末…

ろくに動かないこの重い身体は本当に自分の身体…?ウソだろ、冗談じゃない。

 

「クソッタレ…」

 

搾り出して辛うじて口から出た言葉は、たったそれだけ。

奴に…?…俺に?

どっちに言った言葉だったのか。

 

どっちにしろ

……惨め過ぎだろ、俺………

 

 

 

 


 

 

次に気が付いたときは、見知らぬベッドの上だった。

…いや、モグハウスとしちゃ見慣れてる簡素なベッドに見慣れた天井だったが、そこはデュランの部屋でも俺の部屋でも、

ましてやラチャの部屋でもなかった。

 

「まだ寝てなよ。どうせ起きれないんだから」

 

…あれ?

どっかで聞いたことのある声。ピンとこないくらいだから、そんなに親しい人間じゃないな…

未だに体中はだるくて起き上がる気にもなれず、声がした方へ身体をずらし声の主を探した。

 

「無茶するようなら、また眠らすよ?w」

 

また?――そりゃ魔法で強引に寝かすって事かよ?つか、既にスリプルかけたのか?w

一体誰だよ、この俺に魔法だと!?

 

「……………………………………え゛…?」

 

その部屋に居たのは思いもよらぬ人物だった。

…というか、なんでこいつの世話になってるんですか、俺??

テメェ、俺の事キライだとか言ってやがったよな?w

 

「何を今更意外そうな顔してんのさ。それとも今までの記憶でも飛んでる?」

 

いや…飛んでる訳じゃないと思うが、俺の中でつじつまが合わないんだが?

何で俺はカイルの部屋に…?

 

「少し離れた部屋から殆ど倒錯状態で出てきたの、覚えてない?」

「…え……俺、自力で出てきてたのか……?」

「一応ね。」

「……俺は……その、…一人だったか…?」

「うん、他に人が居なくてよかったよ。アンタかなり酷く錯乱してたからね。」

 

……そんな事は全く覚えてない。

俺の中での最後の記憶は、情けなくあの床にひっくり返ったところで終わってる。

カイルの言うとおり、少し記憶が飛んでるらしかった。

 

「錯乱って、俺…何か言ってたか?」

「さぁね、訳のわかんない事を言ってたはいたけどさ。意味不明なセリフなんて二日も覚えてないよ、俺だって慌てててあんたにスリプルを

かけるのがやっとだったんだから。水、飲める?」

「ん…。」

 

スリプルをぶっ込まれたとはいえ、二日も寝てたのかよ。

さして大変そうだった素振りなんて微塵も見せずに水の入ったコップを渡してきたカイル。その表情は世話の焼ける相方を見るラチャの

それに似ていた。

漂々としたそいつの意外な行動に、何かしら勘付かれているのがほんの少し見え隠れしていたていたが、逆にそれでほっとしている自分が

居て、何なんだろうか…。誰にも知られてはいけないと思い込んでいた俺の傷なのに。

形はどうあれ、人間関係で深い傷を負ったもの同士…同病相哀れむ…ってやつなのか。

コイツに何もかもぶちまけるって気もなかったが、自分の傷に触れてくるわけでもないし。ただ、傷を負っているだろう事はカイルに知られて

いるけど、その事が不思議と怖くはなかった。

 

――自分じゃ警戒心が強いほうだと思ってたんだけどな。

それとも、デュランから少しでも開放された安堵感からの反動か?

 

疲れた頭に、今はそんなことはどっちでもよかった。

 

「…も少し寝てていいか?」

「立てるようになるまで帰す気はないよ?w」

「お節介焼きめ…」

「性分なんで。」

「…損な性格してんな」

「人の事言えるほどいい性格してないじゃない、お互い様。」

 

そう言うと、カイルは俺の枕を直して肩まで毛布をかけなおした。

 

「俺にいい包められてるようじゃ、まだ本調子には遠いでしょ?…いいから寝てなよ」

「……悪いな、ベッドとっちまって…」

「あんたが侘びなんて口にするとは、重症だね…」

 

呆れながらもにこやかなカイルの顔がまどろみ始めた視界にぼんやりと写る。

…なんだよ、なに笑ってるんだよ……

 

「…あのさ……ラチャ……」

「大丈夫、俺んとこで預かってるとは言ってあるから。理由は適当につけといた。」

「…サンキュ……」

 

本当は他にも確かめなきゃいけないことが幾つもあるのに。

――ラチャの腕は…?

何であんなことになったのか……でも、問い詰めれば俺の事も洗いざらい話さなきゃならなくなるな……どうするかな……

――デュランは…?

そのうち見つけて…見つけて……

 

眠い。考えるのが面倒…

何で俺、こんなに安心してんだよ……寝る……

 

 

 

 

その後、起きだせるようになってデュランを探しに部屋を訪れると、そこはもぬけの空になっていた。

モグハウスのガードに問い合わせると、奴は4日前にジュノのハウスを引き払ったという。

俺がデュランの部屋を出たその日だ。

 

デュランらしくない。

あんなに俺に執着して見せたくせに、あっさりと引きすぎだ。しかも引き際が良すぎる。

確か以前にもこんな事が。あれは忘れもしない、三年前にデュランが忽然と姿を消した時だ。

 

…そういえば数日前に届いてたメッセージがあったのを、俺は思い出した。

開封するだけの気力もはかったし、何より誰とも連絡を取りたくないというのもあったので、目を通しても居なかったが。

 

届いてたのは三日前。差出人は案の定デュランだった。

 

『二度とお前には関わらない』

 

内容はたったそれだけだった。

そしてそのメッセを読んで思い出したのが、数日前のラチャの言葉だった。

 

『アンタはうちが絶対守るから…』

 

今までの疑問の殆どが解けた。取引ってこれの事か…

ラチャがどっからどこかでデュランと俺との関係を知ってたかなんて分からないが、あの熱血ミスラのやることだ。

多分、縁切りのきっかけを作ってくれたのはラチャの方だったに違いない。やり方が極端と言うか…らしいと言うか…。

肝を冷やさせやがって。

でもきっと問いただしたところでとラチャの奴も今回ばかりは…俺にも本当の事は話してくれないだろうな。

だから、ラチャには聞かないことにした。

――あいつにウソをつかれたくないから。

 

…それでも一つ理解できないのは、その交渉にデュランが応じたって事だ。

元々俺の事なんてどうでも良かったのかもしれないが、それでも「自分の持ち物」を人に干渉されて手放すようなタイプじゃないんだ。

それこそ干渉されれば逆にそれを利用するような…俺が知っていたデュランはそういう人間だった。

 

 

いや、もう俺に飽きてたのかもしれないな…

飽きた玩具を手放すいい切欠にされたのかもしれない。

 

何なんだろう…この物足りなさは…

とうとうこの日が来たってのに。

まるで三年前のあの時みたいじゃないか。

どうしていいか分からないような、この不安感。

 

…俺は捨てられた玩具…?

 

 

そうじゃない。

慣れない環境に戸惑ってるだけだ。

少しすれば、また以前のように奴の居ない生活が当たり前になって、今度こそ全て忘れられるに決まってる。

 

――そうに決まってるじゃないか。

そうでなきゃ、やってられるかよ。

 

それに、俺は以前とは違って、独りじゃない。俺にはラチャが居てくれている…

 

 

 

だけど、この残された奴への憎しみだけはどうすりゃいい…?

ムナクソ悪い煮えくり返るこの憎悪は、一体ドコへもってきゃいいんだよっ!!

 

 

何処へ行ったかも分からない奴の代わりに、ジュノのかくすんだ空を睨み上げる。

 

…ツギハ、コロス……

 

 

【Bind】   Fin

 

 

 

 

 

 

(´・ω・`)<イイワケだぉ…

--------------------------------------------------> fin. >close